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定期連載 ビジネス戦記
更新日:2005年9月16日
米でロッキード事件発覚 隠密裏ワシントンに飛ぶ
時効直前、元首相を逮捕

 検事のころのわたしは事件にツイている方だった。「首相の犯罪」を立証したロッキード事件はその典型だった。企業が不当な利益を得るために裏金を使う、という古いタイプの汚職。その摘発で、この種の汚職の発生がその後かなり抑えられてきた、と思う。
 事件の第一報は一九七六年二月五日朝、鳥取県の出張先で知った。「米上院で、ロッキード社が多額の工作資金を使って日本などへ売り込みを図ったことが明らかになった」との米国からの報道だ。戦後疑獄の黒幕的存在で検察が常にマークしてきた児玉誉士夫の名前が出た。工作資金が日本政府の高官に渡った疑いもあった。

米に資料入手を要求

 出張を中断して東京へもどった。二月一八日、捜査方針を決めるため、布施健・検事総長以下による首脳会議が開かれた。こちら側には何の手掛かりもない。米国側がどの程度の資料を持っているか、そもそもその資料を渡してくれるのか。わからないことばかりだった。
 疑惑の解明を求める国民の大合唱の中、国会は証人喚問で熱気を帯びていたが、こちらの会議は責任の重大さに鬱屈(うっくつ)した空気が支配していた。事件主任の吉永祐介・特捜部副部長の、ひとしお厳しい表情が忘れられない。
 その席で、わたしは、「資料入手の方法はある」と意見を述べた。前年までワシントンの日本大使館に勤務し、ニクソン大統領を失脚させたウォーターゲート事件の一部始終を見ていた感触から、米国側の協力は期待していいと思ったからだ。
 会議の総意は「行き詰まるかもしれないが、やるしかない」との方向にまとまっていった。捜査資料の中に「KAKUEI TANAKA」(田中角栄)の名前があることを、まだ日本側のだれも知らなかった。
 米国の国務省、司法省、証券取引委員会(SEC)などと捜査資料の引き渡しについて交渉するため、二月二十六日、隠密裏にひとりでワシントンに飛んだ。三木首相は、資料を公開するよう求める親書をフォード大統領に送っていた。
 反応をワシントンで探ると、米政府は「資料公開はプライバシーを不当に侵害する恐れがある」として消極的だとわかった。そこで、日本の検察が秘密裏に資料をもらい、捜査して起訴するという正規の手続きを通して、事実を公表するのはどうか、という線で押した。米政府はこれに乗ってきた。

免責与えて口開かす

 このときの米国側のキーパーソンである司法省渉外部長は、偶然にも、大使館勤務のころ、家族で付き合っていた仲。話はツーカーだった。
 安原美穂・刑事局長が官邸への根回しを済ませ、三月二十四日、塩野宣慶法務次官が渡米して日本司法共助協定が結ばれた。これに基づき捜査のカギとなる極秘扱いのSEC資料が、四月十日に届いた。その少し前の二日、田中角栄元首相は、派閥の集会で「潔白宣言」をしていた。
 資料を翻訳していくうち、元首相の名前が出てきた。武者ぶるいがした、と言いたいところだが、実際には気が重くなった。元首相に関する記述が、簡単なメモ程度の内容だったからである。資料に目を通した布施検事総長が「これだけか」と言われた、と聞いた。
 四月二十九日からわたしは、ロッキード社のコーチャン前副会長、クラッター元東京支社長らへの嘱託尋問の交渉のため、再度、秘密裏に渡米した。嘱託尋問は日本の裁判所が米国の裁判所に対して尋問を依頼することで、初めての試みである。
 しかし、ロッキード社は優秀な弁護士を動員してかたくなに尋問を拒否した。米司法省のクラーク検事らの協力を得て、ひとつひとつ壁を打ち破るのだが、単純贈収賄が時効(三年間)となる八月十日が刻々と迫ってくる。同行した理論派の東条伸一郎検事は、事態の進展を祈って毎朝ホテルの部屋で般若心経を写経していた。わたしたちはそれほど切羽詰まっていた。
 相手に刑事上の罪を問わない(免責)保証を与えたうえで、やっとコーチャン氏の口を開かせたのが七月六日。すでに東京では丸紅幹部の二人が逮捕されており、どの政府高官に捜査の手が伸びるかが、国民的な関心事となっていた。

米国検事も感激の涙

 十三日、丸紅の檜山広前会長が逮捕され、元首相に対する贈賄側の役者がそろった。わたしはロサンゼルスにいて、捜査の頂上は近い、と感じていた。
 七月二十七日、元首相逮捕。マスコミも国民ももしや、と考えていた「KAKUEI TANAKA」の名が、収賄という事実と結びついて公になった。クラーク検事に報告すると、感激屋の彼は涙を浮かべ、「正義は正義だ。司法省にとっても記念すべき日だ」と言ってわたしの手を痛いほど握りしめた。(談)

(朝日新聞掲載/1992年4月11日)
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