昔は、ビール
夏バテには、ビール。平凡だけど、渇き切ったのどをクーッと通って全身にしみていく時のあの感動に、かわるものはない。
昔はクーラーもなく、夏はどこにいても暑かったから、一日の終わりにグッと飲むビールは、常に最高だった。「この仕事を終えたらビール」と、仕事をしながらも「ビール」という、色付き、泡付きの文字が、頭の中、身体の中を巡回していた。それをめざして、じっとりと汗をかきながら暑さを忘れ、夢中で仕事に取り組んだ。
夕暮れ時になると、ものほしそうな顔をした仲間が部屋をのぞきに来る。若くても検事は個室を与えられており、昼間は用のある奴しか来ないから、何となくこちらをうかがうように仲間が顔を出すと、「えっ、もうそんな時間か。さて、どうするか」と、一応は仕事第一主義を守って自分に聞いてみる。しかし、かっこをつけてもムダで、答は身体が出している。体内をひそかにめぐっていたビールのイメージが、仲間の姿を認めた途端、爆音を立てながら吹き上がり、いたたまれない。そそくさと立ち上がって、仲間と出かける。廊下を歩きながら、好きな連中のドアを叩くだけで、たちまち何人かのグループとなる。憑かれたような眼の男どもが、群がって検察庁をとび出し、行きつけの定食屋へ無言で急ぐ姿は、端から見れば釈放されたヤクザの群れに見えたかも知れない。
昔は、夏が暑かった。しかし、仕事とビールがあれば、夏バテはなかった。
今は、部屋で仕事をしていれば、暑くはない。だから、ビールも、昔のような、もうたまらないという感動をもたらしてはくれない。残念な気もするが、ビールの感動を得るために昔に戻せとは言わない。
あとは、仕事がある。儲かる仕事ではないが、自分でやらなきゃならないと決めている仕事が山ほどあって、勝手に熱中している。だから、夏バテを知らない。
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