政治・経済・社会
(財)さわやか福祉財団ホームページへ
 
定期連載 ビジネス戦記
更新日:2005年9月16日
ピンときたタクシー汚職 ひっかき回した伝票の山
政治にかかる金額公表を

 共和汚職事件が摘発され、東京佐川急便をめぐる捜査が続いている。そのためか、政治浄化に向けて検察の一層の活躍を望む声が国民の間に強い。しかし、検事とて万能ではなく、背後にある「政治とカネ」の関係を何とかするのが先決、と考える検事は少なくない。
 司法修習生のころ、「結婚するならスカッとした女性、仕事をするなら汚職事件」と自己紹介で口走った覚えがある。そして六六年四月、三十歳を過ぎて、大阪地検特捜部へ異動となった。最も行きたかった部署である。
 その年に大阪・泉北三市合併に絡む汚職事件を摘発し、翌六七年三月から、米ニューヨーク市の地方検察庁に短期留学させてもらった。七月二日、帰国する飛行機のなかで久しぶりに日本の新聞を読んだ。そこには、政府がタクシー燃料であるLPガスの課税に動き出し、大阪タクシー協会が猛反対している、との記事が出ていた。ピンとくるものがあった。「大阪タクシー汚職事件」の発端である。

百貨店、料亭を洗う

 帰国した翌日から情報を集めた。政府の課税への流れと大阪タクシー協会の反対運動を、時間の経過に沿って表にまとめ、協会幹部がどの国会議員に陳情しているかを、公表された資料からつかむ作業である。
 次に、タクシー業者の事件が過去に起きていないかどうかをチェックした。好都合にも、あるタクシー会社の業務上横領事件が大阪地検公安部にあり、押収した証拠書類を調べるうちに、タクシー協会への「特別献金」の領収書が出てきた。
 ひとつのタクシー会社からでも相当額のカネが出ていた。献金呼びかけの文書には「政治家に働きかけるために」と目的が明記されており、課税をつぶすためには手段を選ばず、という雰囲気が伝わってきた。
 別所汪太郎特捜部長にそれまでの調査内容を説明し、「捜査に着手したい」と申し出ると、すぐにOKが出た。捜査の手始めとして、大阪タクシー協会と政治家や運輸官僚との関係をつかむために、ある大手デパートに出向き、中元やお歳暮の古い伝票を見せてもらった。ホコリだらけの狭くうす暗い倉庫の中で、終日、事務官と一緒に伝票の山を引っかき回した。ここから、大阪陸運局長に対する接待攻勢の実態が浮かんだ。料亭で片っ端から裏付けをとり、同局長への供応の事実が判明した。
 七月二十七日、先輩の河田日出男検事も加わり、協会の取引銀行の調査に入った。デパートの調べのときもそうだったが、目的は明かさない。一日分の銀行伝票は段ボール一箱分ほどあり、八月三日までかけて一枚ずつチェックした。
 出てきたのは、協会が小切手をきり、東京都心部の銀行に送金した記録だった。日付は協会幹部が政治家への陳情で上京した日と一致している。しかも、金額は多額で、ゼロが並んだ切れのいい数字。自治省に照会すると、協会から政治家への献金の届け出はなく、裏金として渡ったことをうかがわせた。

自民議員二人を起訴

 ここまで来たところで、わたしは残念ながら法務省刑事局に異動となり、その後の捜査は、河田検事を中心に続けられた。大阪陸運局長に対する現金供与及び供応事件を突破口に、十二月に入って寿原正一前代議士と関谷勝利代議士(いずれも自民党)をそれぞれ収賄容疑で逮捕、起訴し、幕を閉じた。
 この汚職事件では、大阪タクシー協会がなりふりかまわず課税をつぶしに動いたため、贈収賄の痕跡が多く残っていたといえる。それでも、途中で陸運局長の供応事件がつかめていなければ、汚職の全体像を解明することはできなかったと思う。
 密室の犯罪である汚職の摘発は容易なことではないし、検察だけに腐敗浄化の任を負わせるのは酷である。政治家とカネの不明朗な関係をなんらかの制度で正せないものか。
 「カネのかからない政治」の実現が叫ばれているが、必要なカネをかけなければ、いい政治ができるはずがない。政策の勉強と立案、国民への広報などを考えれば、議員一人で年間二億円あっても足りないだろう。

政治改革は早急に

 ただ、このカネを特定のところから集めると癒着関係が生じかねないから、広く薄く集める仕組みがいる。例えば、国民が所得税の一%を指定政党に献金し、政治活動に充てるやり方だ。政治とカネの関係はずっと明瞭(りょう)になる。
 そのための第一歩は、政治家側が政治活動に要した収支を公表し、国民に知らせることだ。わたしは今年三月、社会党の政治改革勉強会と自民党政治改革本部に個別に呼ばれ、政治改革について講演した際、「どれだけのカネがかかるかを公表することはすぐやれるから、やって下さい」と申し上げた。
 「元検事」として、また国民の一人として、政治改革はぜひ早急に進めていただきたい、と強く願っている。(談)

(朝日新聞掲載/1992年4月18日)
バックナンバー一覧へ戻る
  このページの先頭へ
堀田ドットネット サイトマップ トップページへ