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定期連載
更新日:2005年9月16日
育て 市民感覚とやる気
 昭和六十三年、私が甲府地方検察庁の検事正をしていた時、検察庁の中堅職員を甲府市内のデパートに研修に出したことがある。初めての試みであったが、成果は素晴らしかった。彼は、検察庁で働いていてはおよそ思い及ばないような事柄をたくさん学んできてくれたのである。
 私も法務省の人事課長を三年半務めたから実感しているが、他の組織に出すと人は見違えるほど視野を広げて帰ってくる。
 最近は公務員の派遣研修も普通になって、私のさわやか福祉財団にも、毎年六名から十名ほど国や地方自治体の職員が研修に来られる。
長野県からも、引き続き二名の中堅職員が来られたが、お二人とも市民感覚をしっかり体得して帰られた。
 さわやか福祉財団はボランティアの普及事業を行う団体だから、派遣庁が職員に期待するのは、市民の心を理解することであろう。しかし、心や感覚の修得は難しい。
 てっとり早い方法は、活動の現場にさし向けることであるが、それだけでは頭で理解するだけで、身体(からだ)ではまるっきり理解しない人が出てくる。公務員として上から見る視点が変わらず、活動に対する共感がないから、市民の心が見えないのである。
 そこで、まわりくどいようではあるが、わが財団では、自分の眼(め)でものを見、自分の頭で考える能力を付けてもらう作業から始めている。
 一年間の研修目的と研修計画を自分で立ててもらつのである。だから彼らは、財団のリーダーたちが行ういくつものプロジェクトの説明を真剣に聞き、リーダーや仲間の人柄その他の周辺情報を多角的に集める。そして、どのプロジェクトに何カ月所属し、これこれのことを学ぶという計画を立てる。複数のプロジェクトをかけもちする人もいる。リーダーたちは人材がほしいからさまざまに勧誘するが、仕切り型リーダーや理念の説明が下手なリーダ諸には人が来ない。
 所属が決まっても、すぐ動きだす人は少なく、ぶさた手持ち無沙汰(ぶさた)に座っている。当然、仕事の指示が来ると思っているからである。しかし、そんなものは来ない。自分で考えて動きださないと、時間は無為に過ぎていく。それに気付いて、リーダーに申し出て、やるべきことが山ほどあるとわかると、自分のやることを選ぶのであるが、今度はやり方の指示を待っている。「マニュアルなんかないよ。君が考えてやるしかないよ」と言われて絶句。
 それでやっと動きだすが、やってみれば何とかなる。そのつちいろいろな人に働きかけたり、現場に行くうちに、活動している市民の思いと苦労が身体でわかってくる。
そうなると本物で、あとはどんどん走りだし、半年もすれば、リーダーを補助者にしてプロジェクトを推進している。
 そのようにして市民感覚を会得して帰った人たちは、自治体のそれぞれのセクションで、うまく市民の力を引き出しながら夢を持って仕事をしてくれている。その便りが、私たちへの報酬である。
 つくづく感じるが、職員がどれだけ成長するかは学歴でも知識の量でも真面目(まじめ)さでも従順さでもなく、もっぱらやる気の有無である。未来を担う生徒・学生たちに知識を詰め込む必要はないから、やる気だけは奪わないでほしいと願っている。
(信濃毎日新聞掲載/2005年4月11日)
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