若者たちは、将来、年金や高齢者の医療費など、重い負担を背負わされる。そして、現在、偏差値競争を強いられて自信を失い、真っ先に採用の門戸を閉ざされて、失業やフリーター生活に追い込まれる。夫の育児休暇など夢物語で、子育てのハードルは高い。
これでは、私たちの未来は真っ暗である。
では、どうすれば、夢のある未来といきいきと楽しめる現在を拓(ひら)くことができるのか。
まず、子どもたち同士で存分に遊ばせることである。
学校では、好きなことを学ばせればよい。画一的な基準で、記憶をつめ込むような教育は絶対にしてはならない。
仕事は、その若者があこがれ、したいと思う職業に就かせる。職業に貴賤(きせん)はなく、個々の能力に応じて処遇する。自分の能力にマッチする職を求めて転職するのは自由で、労働市場は、転職を容易にするよう情報が整備されている。再就職、再々就職も不利にならず、自分の能力をもっと生かせる職場を、常に求めることができる。
休職しても、再就職は容易であるから、ある程度の職業生活を送ったのち、子育てや、自分の能力向上のための勉強、海外生活などのため、気楽に退職または休職ができる。
働き方も、選べる。子育ての必要上、あるいは、高齢化に応じて、隔日勤務や短時間労働など、労働条件を自分で設定できる。定年退職はない。完全能力主義だから、性別や国籍別による差別もない。
バカバカしい夢物語と思わず、ここまで読んでくださった方に申し上げるが、これは、私だけの夢物語ではない。同様の夢を厚生労働省の報告書が述べている。名前の長いのはお許しいただきたいが、「働く者の生活と社会のあり方に関する懇談会」の委員と厚生労働省のお役人が協議して詰めた、「転換期の社会と働く者の生活−『人間開花社会』の実現に向けて−」という報告書である。七月に公表される。
「人間開花社会」というのもお役所らしからぬ、それこそ花のある表現であろう。私の言葉でいえば、「会社の都合で人を働かせるのではなく、働く人の能力が花開くように、働く人主体で働ける仕組みの社会」ということであり、もっと簡単にいえば、「働くことを選べる社会」のことである。
報告書の表現でいえば「これまで、資本や組織に従属してきた働く人々が、組織の強い拘束から解放され、『智(ち)恵』『感性』『思いやり』といった資質を生かし、創造性を遺憾なく発揮させる社会は(歴史上も画期的なものである。こうした社会を『人間開花社会』と呼び、それを社会の目標とするとともに、その実現へ向け、パラダイムの転換を図っていくことが求められる)ということである。
おおよそ十年後の目標であるが、厚生労働省が思い切って夢を掲げたのであるから、ここはみんな協力して、そういう社会を実現したいと思う。未来を担う子どもや若者たちのために。
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