痴呆の方の盗難被害妄想というのは、結構多い。しかし家族にすれば、近所を俳徊して「うちの嫁が私の財布を盗んだの」と触れ回られるのはたまらない。
「これだけお世話して、そのうえドロボー扱いされたのでは、私はもうやっていけません。実家に帰ります。あなたのお母さんなのだから、あなたが面倒みて下さい」ということになってしまう。
預金通帳を持って、毎日、郵便局と警察署に出かける人もいる。
「誰かが私の通帳から勝手にお金を引き出しています。これだけしかお金がないのは、おかしいです。誰が引き出したのか、しっかり調べて、犯人を捕まえて下さい」
家族は郵便局と警察から叱られっぱなしである。
家族にすればとんでもない災難かもしれないが、痴呆になりつつある親の心情を探れば、不安が渦巻いているのであろう。いろいろなことが分からなくなってきて、息子の名前や、元の職場や住所などが次々に消えていく。「一体、自分はこれからどうなるのだろう」と思うと心細さが募り、それを解決する手段は思いつかない。そうなると頼りは金である。そう思う人が多いのは、マネーとライフの密接な関係からすれば、当然である。
まわりに家族の姿が見当たらず、淋しかったり心細かったりすると、すぐ隠しているお金や預金通帳を確認しようとする。ところが、その頼りのお金が見付からない。最後の命綱を見失ったのだから、もうパニックである。そこへうっかり嫁が顔でも出そうものなら、「あんた、私のお金盗ったでしょう」となる。
川崎幸クリニックの杉山孝博院長が、痴呆の現場から、対応策を教えて下さった。
そういう時は
「お母さん、ごめんね。さっき集金に来たから、私が借りたの」と言って、一万円渡すのだそうである。母親にすれば、お金さえあれば安心だから、それでパニックは収まる。
そんなことをしていたら、いくらお金があっても足りない、という疑問が残る。杉山先生によれば、どうせ忘れてしまうのだから、後でそっとその一万円を頂いておけばよいのだという。「金は天下の回りもの」だからという話である。
これで一件落着のようだが、郵便局などに確認に行くケースには、どう対応すればよいのだろう。通帳だと、入れておいて後で引き出しても全部分かってしまう。結局、基本に戻って、お金などあてにしなくても、みんながしっかり支えてくれるという安心感で包み込むほかないのかもしれない。金の力より、愛の力である。
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