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提言 生き方・その他
更新日:2005年9月16日
「人生の四季」 カネは天下の回りもの(6)
遺産を家政婦さんにあげたい

 「わしの遺産から、この人に五百万円あげたいので、公正証書を書いて下さい」という高齢の男性が現れた。中年の女性が付巻添っている。
 「この方とのご関係は?」
と、私の友人である公証人が聞くと、
 「家政婦です」
 来てもらうようになってまだ一年にもならないと聞き、いぶかしく思った友人は、男性だけを別室に連れていき、
 「もちろんあなたの財産ですから、だれに遺されるのもあなたの自由なんですが、本当はやりたくないのだけど、あの方にねだられているので、しょうがなくあげるとか、そういう事情はないんでしょうね」と聞くと、
 「ありません」ときっぱりした答え。
 「実は、あの人は私と一緒にお風呂に入ってくれましてね、妻もしてくれなかったことをしてくれるんですよ」
 友人は、高齢者の満足そうな顔を見て、それ以上は聞かずに、公正証書をつくったという。
 そういえば、以前、お世話をしている高齢の男性から結婚を申し込まれたヘルパーさんから相談を受けたことがある。
 話し方も身体つきもまろやかであたたかい、五十代の独身の女性であった。
 「死ぬまでずっと私と一緒にいたいから、どうしても結婚したいと、もう何カ月もおがみ倒されていて、私、どうしていいか」と悩みは深い。
 「歩くのも不便な人だから、身体の関係が持ちたいとかそういうのではなくて、ただ、淋しい、一人で夜を過ごすのがたまらなく心細いと、それだけなんです」
 「どこか施設に入られるとかは?」
 「いえ、私と一緒でないと駄目だと、そこは絶対なんです」
 財産は、住んでいる家のほか、一億円近い預金があるものの、身寄りはないという。
 彼女は、「財産はどこかに寄付してもよいのだけど、あれだけ淋しい、一緒にいたいと懇願されると、情が移ってしまって」とつぶやいた。
 「お気持ちは分かりますが、結婚という形で答えを出すのが正解ですかねぇ」と私は率直な疑問を口にした。
 もちろん老齢者同士の結婚には大賛成で、子供たちが反対しようと断固すればよいと考えている。しかし、それは相互に愛が高まってこその話である。
 「好きかと聞かれると、私もねえ」と首をかしげていた彼女は、結局、結婚はせず、最期まで家族のようにその男性の面倒を見たという。「財産は?」と聞くと、さわやかに「国に行きました」と答えた。
 五百万円をもらう女性と、財産をもらわなかった女性と、どちらが良い人生を送れるだろうか。

(日本経済新聞掲載/2004年1月11日)
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