「有償ボランティアという言葉がありますが、お金を貰ったらボランティアとはいえないんじゃありませんか」講演などで、いまだにそういう質問が出る。
いったい、どこから、なぜ、「有償ボランティア」などという、奇妙な響きの活動がでてきたのか。その実体は、何か。
もともと、ボランティア活動は、完全に無償の活動であった。それは、恵まれた人が、ノーブレス・オブリジェ(高貴なる義務)として、恵まれない人に、慈善をほどこす活動だったからである。いまでも、世界に恵まれない人は多いから、慈善型のボランティア活動は続いている。そこでは、相手からお金を頂くなどということは、考えられない。
しかし、たとえ恵まれていない人であっても、人からほどこしを受けるのは、屈辱的なことである。そこから有償ボランティアが生まれた。
例えば先駆者の一人兼間道子さんが一九八二年に香川で始められた「まごころサービス」では、初めはやはり完全に無償のボランティアであった。町内に独り暮らしの老女がいてその不自由さが見ておれず、心ある女性が集まって支援活動をするようになったのである。しかし家事の世話、身体の世話などを全くの無償で受け続けることに老女は強い抵抗感があって、非常に遠慮され、支援活動がうまくいかなくなった。
そこで、兼間さんたちは、ある程度の謝礼を頂くことにした。活動はあくまで愛とまごころに発する助け合いのボランティアなのだから、家政婦さんや職業ヘルパーさんのような報酬は頂かないが、転宅を手伝ってくれた親戚の子にお礼としてお小遣いをあげるように、謝礼を頂けば、助けられる方も気を使わず、助けてもらいやすいというわけである。
このような、お互いさまの精神に基づく互酬型のボランティア活動は、特に福祉の分野で広がってきたが、それにつれ、有償ボランティアも広がり、はるかに二千を超える団体が、この活動を展開している。
当初はいろいろな議論があったが、一九九三年には、厚生省が通達で有償ボランティアを認め、九五年には、労働省も、内部の指導基準としてこれを認めた。
米国では、謝礼金(スタイペンド)の制度が、早くから、ボランティア振興法などでしっかり社会の仕組みとして取り入れられている。それに比べれば、日本は、多くの実務家や学者が及び腰で、正面からこの仕組みに取り組んでいない。税務当局に至っては、役員たちが完全無償で働き、爪に火をともして生み出した事業資金に法人税を課してくる始末である。
私は、行政ともネットワークを組んでボランティア活動を広げてきているが、時々、悪代官のようなお役人に出会うことがある。
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