政治・経済・社会
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提言 生き方・その他
更新日:2005年9月16日
「人生の四季」 カネは天下の回りもの(11)
赤の他人に迷惑をかけないで

 「お金では、愛情は買えません」。私が講演ではっきり言い切ると、かなりの方がうなずいて下さる。しかし、一部の男性は若干疑わしそうな表情を見せる。
 「ひょっとすると、プレゼント攻勢で彼女を射止めた経験があるのかもしれない。あるいは、お小遣いをフンパツして可愛い孫の愛情をつなぎ止めている方なのかもしれない。しかし、それは、プレゼントやお小遣いにこめられた愛情や好意を評価してくれたに過ぎず、金で愛情が買えるわけではない。
 そのことをはっきり教えてくれたのは、私がまだ若い検事だった頃取り調べた収賄容疑者の愛人である。
 ちょっとした接待から端緒をつかみ、逮捕の手をある地方官庁の上層部に伸ばしていき、ついに最終ターゲットにたどりついた。幹部官僚の彼は、逮捕を予測して周到に証拠を隠し、関係者とは口裏を合わせていたから、最初の一日は、居丈高な否認であった。
 しかし政治家やその秘書ならともかく、相手は公務員である。二日目には自白し、七日目からはこちらの知らない収賄もしゃべるようになった。結構な額になるが、その行き先のウラが取れない。追及するうち、若い愛人がいて彼女に渡したことを自白した。内偵段階ではわからなかった愛人で、収賄そのものの自白よりもっと迷った末に話したから、愛人関係をよほど秘密にしておきたかったのであろう。「どうか彼女を傷つけないようにして下さい」との必死の懇願ぶりからも愛情の深さが伝わってきた。
 その気持ちを酌んでマスコミには内緒に彼女のアパートをガサ(捜索)したが、ブツ(収賄の金)は出ず、彼女はきれいな顔をひきつらせて愛人関係も否認し、名誉毀損だ、人権侵害だと食ってかかってくる。
 その様子を彼に話すと「すみません。実はつかまる前に、検事から何と言われても『私は関係ない、何も知らない』で通せと言ってきたものですから」という。それで彼と彼女を会わせた。
 彼は「実はもう全部しゃべったから、あんたがあの金さえ出してくれれば起訴になって、私や部下たちが、保釈されるかも知れんのだ」と必死に説得した。しかし彼女は、「検事さんに騙されて、何を訳のわからんことを言っているのですか。赤の他人をひっぱりこんで迷惑をかけないで下さい」と彼を叱りつける。
 らちがあかないから、仕方なく「それじゃあなたを証拠湮滅で逮捕するしかないし、新聞にも出るかもしれませんよ」と言ったら、やっと出す気になったが、「このお金は私が貰ったものだから、私に返すという条件でなら出します」とずいぶんゴネられた。
 後で、彼は「私のために隠してくれたと思ってたんだけど、あの金を自分が取っちゃうためだったんですね」と寂しげに言った。彼も、金で愛情は買えないと学んだのである。

(日本経済新聞掲載/2004年2月15日)
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