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提言 生き方・その他
更新日:2005年9月16日
「人生の四季」 カネは天下の回りもの(15)
法も正義もないかといえば…

 確かに、親の財産は先に取った者が勝ちという面がある。
 戦後小さな会社を起こして頑張ってきたKさんも八十を過ぎ妻を亡くすと、ボケが出始めた。Kさんの姉が心配して、しっかりした人に財産管理を頼んだらと勧めたが「おれの金じゃ、おれが管理する」と頑固で、独り暮らしを続けている。
 ある日父を訪ねた長女夫婦が、父の持つ土地家屋や店舗の登記簿謄本を見ると、すべて弟の名義に変わっている。驚いた姉が弟に聞くと「父さんに貰ったんだ」の一点張り。父に聞くと「やった覚えはないし、今やるつもりもない」と答えは明快だ。調べていくと、弟が父を司法書士のところへ連れて行き、贈与契約書に署名押印させたらしい。父は「保険の書類かと思った」と認識があいまいだが、司法書士は弟の知り合いで「お父さんはしっかりしてられましたよ」と言う。
 姉が後押しして父が息子相手に返還請求の訴訟を起こしたが、司法書士の証言がきいて、父は敗けてしまった。
 「先に取った者が勝ちというのでは、法も正義もないじゃないですか」と姉は嘆くが、ボケの世界には法の暗黒領域がある。これを解消するために、四年前、成年後見制度ができたのだが、なかにはこれを利用する子どもも出てくる。親の面倒を見るという名目で後見人になり、その財産を独り占めして自分のために使ってしまうのである。裁判所は、そういう意図が見えていても、子の申立てとなるとむげに断るのは難しいらしい。
 しかし世の中、暗闇ばかりではない。頑張ったのは、司法書士Qさんである。
 Qさんに、ご近所で助け合いのボランティア活動をしているPさんからSOSが入った。かねてお世話をしている女性Yさんのボケが始まると、息子Zが頻繁に来るようになり、その都度、Yさんの預金通帳や定期預金証書を持ち出して金を使い込んでいるという。
 そこでQさんとPさんの隠密作戦が始まった。息子Zの気付かないうちにQさんが保佐人(成年後見人の一類型)となって、Qさんの財産をZから守ろうというわけである。かかりつけの医者Oさんも協力し、YさんとOPQ連合は家庭裁判所に保佐人選任の申立てをした。
 しかし裁判所は、Yさんがまだらボケで、息子Zがいることにこだわった。もたもたするうちに、Zの知るところとなり、ZはYさんに申立てを取下げさせようとする。Qさんは粘って、裁判官に、Zからの事情聴取をしてもらった。Zは、証拠に基づく裁判官の質問に逆上し「母などどうなってもいい」と暴言をはき、本性がばれた。Qさんは晴れて保佐人となった。
 本当のところは、KさんにしろYさんにしろ、ボケが始まる前に、財産を自分のため適切に使ってくれる人を任意後見人に選んでおけばよかったと思う。

(日本経済新聞掲載/2004年3月14日)
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