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更新日:2013年12月12日
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好きな仕事がいちばん |
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「こんな楽しい人生があるなんて、夢にも思わなかったですよ」
環境分野のNPOで十年以上働いてきた六十代の男性がしみじみと言った。当初は経理事務担当で雇われたが、若い人たちの活気に誘われ、月の半分以上は現場に出るようになったという。
「だけど、給料はもとの会社の半分以下でしょ」
「三分の一あるかでしょうね」
もと勤めていた会社は業界大手であったが、九十年代に倒産した。子どもたちが就学中だったため、そこそこの給料をもらえる会社への転職を希望していたが、斡旋された会社に首を傾げているうち、行けるところがなくなった。一時しのぎのつもりで地元のNPOに腰かけたところ、この仕事が面白かった。お金にピーピー言いながらも、どんどん新しい仕事に挑む。環境の仕事は無限にある。若い学生がボランティアで次々に参加してきて、初々しく、一生懸命に汗を流す。一仕事終えた後のビールのうまさ。二十以上若い連中と対等に夢中で話している自分に気付いて、昔が信じられなかったという。
「もとの会社では総務畑が長くて、同期の出世頭でしたが、上司の顔色をうかがう毎日で、合理化の話ばっかり。自分というものが、まるでなかった」
そのくせ帰宅は遅く、妻や子どもと夕食をとる日曜日、自分はひとり浮いていたという。 倒産後は妻もパートで働き出し、自分がNPOで働くようになって、日々の新しい発見を妻に語ると、妻も仕事の話をするようになった。
「これが面白くてね、女性の眼で見る男性上司の姿って、なんかこっけいで笑えるんですけど、ふと『自分もそうだった』と思い当たってぞっとしたりするんですよ」
子どももアルバイトを始めたので、「すまないね」と言うと、「親が仲良くしてるのがいちばんだよ」と生意気を言っていたそうな。
「しかし、もとの会社の仲間の身の振り方を見ていると、営業の仕事を何だか楽しそうにやっていた人たちが、似たような仕事に就いて、今もいきいきとやってますね」
彼の観察によれば、総務畑で出世を競っていた連中は、つぶしがきかないのにプライドが高くて、うまくいっていない人が多いとか。
「やっぱり人生、好きな仕事がいちばんです」というのが、彼の結論であった。 |
(「かけはし」2013.11月号)
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