『こどもたちのライフハザード』
瀧井宏臣著 岩波書店(本体1900円)
日本のこどもたちは、悲鳴をあげている。こどもたちの成長を歪めているのは、私たち大人である。早急に手を打たなければ、自分たちの未来を切り捨ててしまうことになる。
著者は、そう訴えている。重度のアトピーだったわが子の育児とケアに取り組んだ経験をもとに、こどもたちをめぐる問題に関する実情を綿密に調査し、その原因を科学的に追究した本書は、私たちがこどもたちについて漠然と持っている懸念に明快な答えを与える、レベルの高いルポルタージュとなった。
問題の骨子を紹介する。
●朝、「だるい」「疲れた」と訴える無気力な保育園児、幼稚園児がこの十年目立つ。原因は、午前中の体温が異常に低いなど、自律神経の異常にある。その原因は、夜更かしにあり、その原因は、親が子を自分の生活ペースに巻き込んでいることにある。早寝早起き運動が改善の効果を上げている。
●腹痛と吐き気で意識がもうろうとなる中学生など、こどもの糖尿病がこの十年増えている。インスリンが出なくなるすい臓のダメージの原因は、過飲過食・偏食と運動不足であり、彼らの多くは肥満体である。肥満のこどもほどテレビ・ビデオを見る時間が長く、親への依存度が高い。食事面でも過保護である。運動と規則正しい食事が改善の効果を上げる。
●悲惨なアトピーのこどもが増えている。原因は、幼児を保護し過ぎて、その免疫機能(身体の防衛機能)が発達しないことにある。さらに、生活環境が良くなったため、ダニが大繁殖するようになったこともある。現段階では、地道にダニなどの除去や食生活の改善に取り組むほかない。
改善された実例も
●小学一年生が勝手な行動をして授業が困難になりだした。九〇年代後半からである。
彼らは先生や保育師に甘え、独占したがるが、家では良い子である。しつけに走って子の愛情を受け入れない親が増え、子の愛情が満たされていないこと、また、子の社会性を育てる親戚や近隣の人々がいなくなったこと(著者は、「人間関係の重層構造の崩壊」
という)が原因である。こどもをほめて自尊感情を育てつつ「つながり遊び」(近くにいる子と手をつなぐ遊び)をしたら、勝手な行動が治ったという実験がある。
●すぐキレる子が増えている。原因は、前頭連合野の働きが落ち、人の気持ちがわからなくなっていることにある。また、不登校が増えているが、不登校児の脳が慢性疲労状態という調査がある。こどもたちに楽しい集団運動を続けさせたら、前頭葉が活性化して改善効果が出た。
●二十年ほど前から、サイレントベビーが増えてきている。表情や反応のない子である。園児になっても外遊びを拒み、部屋でおとなしくしている。赤ん坊が出す合図(いろいろな泣き方や微笑など)を親が無視し、静かにしていることを強いてきたためである。ある幼稚園で「じゃれつきあそび」(大人も入ってじゃれ合う遊び)を続けたら、こどもたちがみんな元気になった。
以上、大胆に要約したが、著者の検証、論証はもっと緻密で、複雑である。是非本書で直接確かめてほしい。
私自身は、こどもたちの成長が歪められたもっとも大きな原因は、少子化により、兄弟姉妹やその仲間と交わる中で自ら育つ環境が失われたことだと考えている。本書を読んで、その見解に自信を持つことができた。
旧文部省の審議会に参加していて感じたことだが、教育政策の立案は驚くほどに非実証的である。もし本書のように実証的に問題点を把握し、科学的にその原因を分析していたら、文部行政が朝令暮改でぐらつくこともなかったし、現場の教師や親たちが、教育のあり方にとまどうこともなかったであろう。「たるんでいるこどもたちをしっかりしつけよ」「知識教育を充実せよ」といった画一的、管理主義的な教育を主張する有力政治家や教育学者たちが、いかに事態を悪化させ、こどもたちの成長を阻害しているかということを、本書は、客観的に証明している。
だから、まず、そういう人々に本書を読んでほしいと思う。
そして、私たちみんなが本書のメッセージを受け止めて、あたたかい近隣社会を復活させ、それぞれのこどもたちが世界に一つだけの花としていきいきと育っていくのを支えたいと思う。自分たちの未来のために。
|