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提言 教育
更新日:2005年9月16日
討論会の教育効果

 今でも役立っているなと思うのは、高校の行事として行われた討論会である。
 戦後まもなくの昭和二十二年から二十五年まで、私は京都市立堀川高校で学んだのだが、そこで全校討論大会に出合った。クラスから四名の選手を選び、これがチームとなって大会に出場する。組み合わせは抽選で決まり、相手は学年を問わない。テーマは、例えば「一区一校制の是非」などというのを実行委員会が準備していて、前日にくじを引き、相手チームとのジャンケンで採るべき立場が決まる。自分で選んだ立場ではないから、しばしば自分の考えと逆の主張をしなければならない。急いで手分けしてテーマに関する資料を集め、夜集まって論理を組み立てる。特に自分の考えと違う立場を採る場合には、純粋に論理の筋だけを考えるから、論理的思考を養うのに大いに役立つ。そして、相手の立場に立って、組み立てた論理をゆさぶってみる。この作業も、発見が多く、楽しい。
 当日は全生徒の前で演壇に上がり、丁々発止とやり合う。予想もしなかった攻撃を受けて何とかかわしたり、仲間がつくり出した矛盾をとりつくろったりしながら、決められた時間が終わると、教師と生徒混成の審判団の判定を受ける。皆が見守る中で一年生チームが三年生チームを破った時などは、快感が大きい。逆に破れた方は悔しく、聴いていた仲間から反省会で「あそこの反論はこう言った方がよかったんじゃないの」などと指摘されると、なお悔しい。だから、その後も、折に触れ理屈の立て方を自分で訓練するようになる。
 私は法律家になったから、討論会での体験が直接役に立ったが、それが役立つのは法律家に限らない。官庁にしても会社にしても、ある課題にどのように対応するかの決定が仕事の中核になる。その能力が高いほど、リーダーとしての適性が高いということになる。
 課題に直面した時、まず状況を分析して先を読み、解決に至る方策の選択肢を考える。そして、それぞれの方策の長所と問題点(弱点)を把握し、弱点を克服するための手立てを考える。それらを総合して、もっとも少ないエネルギーでもっとも大きな効果を得る方策を選択する。社会のどの組織も、そのような作業を日常的に行っている。そして、すぐれた能力を持つ人材を有する組織が成功をおさめる。
 その能力を分析すると、第一は状況を客観的に把握する能力である。思い込みや好悪などの感情に基づく直感的判断は危うく、自制しなければならない。第二は先読みの能力である。把握した状況から将来生起する事象を動的に想像しなければならない。そして、描いた姿が現在の状況から論理的に説明されるものでなければならない。この能力がもっとも獲得困難であり、これを身に付けさせる教育は難しい。第三は読んだ状況に基づきいくつかの方策を考案し、優劣を分析する能力である。これも高度な能力であるが、第二の能力を獲得すれば自然にこの能力は身に付くであろう。
 私が大昔に堀川高校で体験した討論会は、それらの能力を身に付ける絶好の教育であった。特に前夜、主張すべき論理を組み立てる作業をする時は、与えられたテーマについてまず状況分析と先読みをして、あるべき姿(政策)の正当性を立証するという、今考えればまことに高度な訓練を生徒同士で行っていたのである。さらに、討論会では論理の筋を通しつつ、相手の論理の弱点を突かねばならない。そのやりとりについての先読みも、前夜に行うのである。そして、準備の結果が、翌日みんなの前で出るという仕組みは、集中力を高めた。
 私は、慶應義塾大学大学院で二年間刑法を教えたことがあるが、もっぱらこの討論会方式で学生を鍛えた。
 討論会は、教師が知識を授けるという方式ではないが、やはり学校でしかできない、有意義な教育方法だと考えている。

(教育展望掲載/2005年6月)
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