税理士の幸せ
記念すべき六百号に寄稿するというのに、のっけから悪口で申し訳ないのだが、私は常々「シのつく職業の人とチョウのつくポストの人は、最後はあまり幸せになれない」と講演している。
シのつく職業としては、弁護士・医師などがあり、チョウのつくポストとしては、社長・校長・税務署長などがある。私は弁護士で理事長だから救われないわけである。
私のこの独断は、入居料がきわめて高額なある有料老人ホームの見学に由来する。そこには社会的地位の高いお金持ちばかりが入っていたが、入居者同士の交流はほとんどなく、皆、おそろしく孤独であった。これではいかに待遇がよかろうと、とても幸せとはいえない。まだ痴呆症(最近「認知症」と呼ぶように改められた)の高齢者用グループホームに入っている人々の方が幸せそうである。
要するに、社会的地位が高く、シやチョウがつく人は、みんなから尊称で呼はれ、大切にされているうち、一般の方々と肩書き抜きで気楽に交わることができなくなり、最後は孤独になってしまうのだと思うのである。
しかし、医師にも国境なき医師団とかアムダ(アジア医師連絡協議会)とか、中近東やアフリカの戦地あるいは震災現場に出かけて献身的にボランティアで救援活動をされる方がおられるし、弁護士にもプロ・ボノ活動(貧しく、法的救済を求めることができない人々のための法的援助活動)に熱心な方がいる。考えてみれば、税理士さんたちが所得税の申告時期に納税者を助けるのも、半分はボランティア活動であろう。
割り当てでしぶしぶやるのでなく、自ら進んで人につくす社会貢献活動をする人たちは、シがつこうとチョウがつこうと、誰とでも気軽に肩書き抜きで話せるし、何より人が好きである。社会貢献活動を続けるうち、自然にそういう人柄になっていく。
そういう人は、人生の最後の段階で仮に施設に入ることとなっても、明るく人と交わり、人生を楽しむことができる。施設に入る前はもちろんで、地域の仲間や趣味の仲間と多彩な活動を楽しむことができる。
だから、自然に話題が豊富になり、配偶者との生活にもいろどりが出てくる。
そういう楽しみ、生きがい、心の健康などはお金では買えない。社会貢献活動は、人のためになる前に、自分と家族の幸せをつくり出すものだと認識してほしいのである。
本業として行える社会貢献
社会貢献には、本業として行えるものと、本業を離れ、一般社会人として行うものとがある。一般には本業は報酬を得て行うべきものであるが、どうしても報酬を払えない人を助けなければならないときもある。
(1)市民に対する納税意識の啓発は、意義が大きい。私の体験では、日本人の納税意識は、アメリカ人のそれに比べるとまだ相当低いように思う。脱税しても、バレなければ儲けたという感じで、市民としての良心の呵責には無縁な様子の人が多いし、その一方で、税務署が言ってくるとほとんどの人が、その適法性の吟味などせずハイハイと納めてしまう。税務行政も、そういう納税者意識の低さを前提に組み立てているきらいがあるし、多くの税理士さんが、通達や指導には無条件で従っている。法律的には相当無理な通達も見受けられるが、裁判所ですら言いなりになっているきらいがある。納めるべきか否かをしっかり吟味し、納得できたら自発的、積極的に申告納税する国民性を育成しないと、クロヨン(トーゴーサン)問題は解消せず、国民の不公平感、不信感は、いつまで経ってもぬぐえない。
そのような啓発活動には、税理士さんがトップに立ってほしい。国税当局が仕掛けたのでは、ミエミエである。正すべきは正し、納めるべきは納め、そして使い途には民意を全面的に反映させる活動を、民間がやらなければ申告納税制度は本物にはならない。
税の使途決定に参画したり、使途をチェックする市民活動は、各地に芽生えているし、意識の進んだ知事さんや市町村長さんは、直接住民の声を聞くようになってきている。これらの動きと納税者意識の啓発運動とをドッキングさせると、効果的であろう。
(2)成年後見制度への参加も、社会から求められている。税理士さんによる成年後見NPOもあるが、司法書士さんの参加ぶりに比べると、まだまだ少ない。
成年後見制度は、ご承知のとおり介護保険制度と同時にスタートした仕組みで、認知症(痴呆症)になった人のために成年後見人がその財産を管理し、支出することにより、認知症の人の尊厳を支えようとするものである。ところが、この制度がよく機能していない。ドイツでは成年後見人が百万人いるというのに、日本ではまだ五万人である。ドイツとの人口比率からしても、日本に認知症の人が百五十万人いることからしても、成年後見人は百五十万人いて当たり前である。
成年後見人が少ない主な理由は、権利意識や目立の精神の未成熟にあると思うが、適切な成年後見人が見当たらないことも大きいであろう。成年後見人に対しては報酬はあるが、責任の重さと事務の量を考えれば、ボランティア精神を持って社会貢献活動として引き受けなければならないケースが圧倒的に多いであろう。
税理士業は、財産の支出と管理にもっとも縁の深い職業だといえよう。本業で得たノウハウを生かしつつ、グループで成年後見NPOを結成し、誰もがなる可能性のある認知症の高齢者が、それでも人間らしく生きることができるよう貢献してほしいと願っている。
(3)NPO団体やボランティア団体の経理を見るのも、有意義な活動であろう。
NPOは、事業体として税理士さんに報酬を払うことが好ましいが、日本のNPOはボランティア団体そのものあるいはそれにうぶ毛が生えた程度のものが少なくなく、特に立ち上がりの頃は事業費は捻出できず、自分たちで経理処理をする能力もないというものが少なくない。そういった団体であなた(税理士さん個人)の興味を引くようなのが身近にあれば、少しの時間を割いてやっていただけないだろうか。それは、その団体の信用の獲得やその後の発展に大いに役立つであろう。
補助金や助成金を貰いながら、職員や事務能力の欠如から経理処理まで手がまわらないNPOも少なくないので、これらへのテコ入れも、社会的意義の大きい支援活動となるであろう。
一般社会人として行う社会貢献
社会貢献活動は個人として自発的に行うというのがその原型であるが、そうはいっても税理士としての経験を生かすほうが、取り組みやすいであろう。
(1)地域通貨による社会貢献は、いかにも税理士さん向きではなかろうか。
地域通貨は、日本でももう三百以上発行されているが、取り扱われた方は少ないであろう。
要するに、地域における助け合いを志す仲間が集まって地域通貨を発行し、これを使って助け合うのである。しにせの「だんだん」(愛媛県関前村)でいうと、村の仲間で「だんだん」(ありがとうという意味の方言だという)を発行する。ポーカーゲームで使うチップに「だんだん」と貼り付けただけのものである。
これを使って生徒が身体の不自由なおばあさんに頼まれて、学校の帰りに買物をしてあげ、「だんだん」一枚を受け取る。生徒はこれを使って、村の教師に英語を教えてもらう。独身者である教師は、受け取った「だんだん」をおばあさんに渡して、モーニングコールをしてもらう。このように、「だんだん」を介して助け合いが広がる。地域通貨は、冷戦終結後グローバルな経済競争が広がるにつれ、コミュニティにおける人間的なつながりを保持するため、世界の先進諸国で広がりはじめた仕組みである。地方経済の活性化のために使われるタイプのものも少なくない。
この地域通貨の発行や流通管理に税理士さんが当たれば、それだけで信用性が高まるような気がする。その気になれば、わがさわやか福祉財団のホームページ(http://www.sawayakazaidan.or.jp)「地域通貨」の項をのぞいてみてほしい。
(2)こどもの育ちをサポートする活動も、必要性が高い。
今、日本の子どもたちは、かわいそうな状況に追い込まれている。幼いころ仲間たちと遊ぶ体験をさせてもらえず、親と教師に仕切られているうち、いきいきとした好奇心や挑戦意欲を失い、仲間と交流する能力、我慢する力、協調精神などの「社会力」を身に付けることもできずに身体だけ成長する。自分の存在意義が肯定できず、だから人に優しくする気持ちもわかず、将来に夢を持つこともできない。授業についていく意欲が乏しいから授業がわからなくなり、ストレスをまぎらわすため集団でいじめに走る。いじめられた子が不登校、引きこもり、非行などのコースをたどる。
子どもたちの自然に育つ力を支え、生きる喜びと自分に対する肯定感を体感させないと、私たちの未来は危うい。
文部科学省は、本年度から「子どもの居場所づくり」事業に取り組み始めたし、わがさわやか福祉財団も、サタデースクールを広めている。サタデースクールでは、地域の大人たち、特におやじたちが、子どもたちと対等の立場でいろいろな遊びやイベントなどに参加する。子どもたちは、自ら考え、積極的に役割を果たしながら、仲間やおやじたちと交流、協力することにより、自らの能力を発見し、自信をつけ、生きる喜びと自信とを体得する。そういう成果を狙った試みである。
もともと地域の人々のために働く税理士さんたちも、地域の将来を担う子どもたちの育成に参加してほしいと思う。自らも生きる喜びを実感できるのではなかろうか。
(3)地域活動への参加も、最近エキサイティングになってきている。
自治会というと、かつては自治体から下りてきた連絡事項をこなすだけの行政の下請け組織であったが、最近は、地域における助け合いや環境整備・防犯などの活動に、独自のやり方で自発的に取り組むところも出てきた。その活動が発展して、やる気のある人たちがNPOを結成したところもある。
民生委員や児童委員も同じで、かつては連絡係であったのが、年齢的に若返ると共に、地域助け合いのネットワーカーとして幅広く活躍する人も出るようになってきている。
青色申告会でも、その会の活動が地域通貨を発行、運営する活動に発展したところもある。
あたたかい助け合いのある地域は、住む者にとっても訪れる者にとっても魅力が大きい。日本のあらゆる地域をカバーしている税理士さんが動けば、日本を変える力になるであろう。
(4)あとは、個人の趣味、志向を生かした社会貢献である。
理数系の人は、わくわく科学教室、わくわく算数教室、文科系の人は、わくわく社会教室、わくわく文芸教室など、子ども向けの活動は自宅でやることもできる。
作家志望だった人はNPOの情報誌担当、王、長島に憧れた人は少年野球チームの世話役、勝負ごと好きは施設の高齢者相手に囲碁、将棋、麻雀教室など。これなら少々呆けてからでも参加できる。
政治家志望は老人クラブの役員、俳優志向はNPOの演劇指導、歌手志向はNPOの余興の指導など。NPOはイベントもやるから、いろいろな能力が生かせる。
結びに
あるフォーラムで、日銀総裁の福井俊彦さんは「お金には魔物が住んでいる」と言われた。お金は人の欲望を無限にかき立て、人々の幸せを破壊するということのようである。
私は「地域通貨には魔物は住んでいない」と発言した。助け合いには、魔物はまずいない。いても小さなヤツだろう。
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