政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会
更新日:2005年9月16日
“助けて”といえる社会の復活

1.アメリカの体験

 70年代に3年半ほど、ワシントンDC郊外で家族と暮らしたことがある。6軒の家が1つのブロックを構成していて、庭がつながっていた。境目がないから、近所の子どもたちは自由にどの家の庭でも入り込み、じゃれ合って遊ぶ。親同士もすぐ仲良くなって、バーベキューに呼んだり、子どもやペットを預かってもらったり、医者を紹介してもらったりして助け合った。、親戚以上に頼りになる存在で、だから帰国後20数年経つ今もクリスマスカードで家族の様子などを知らせ合っている。
 私たち一家だけが、外国人(アメリカ人から見て)であったが、何の差別もなかった。

2.日本の体験

 日本にも気軽に助け合える暖かい社会を広めたいと考え、もう14年間ふれあいボランティアの普及活動をしているが、過日、妻にボランティアの仲間から電話がかかってきた。頼まれて団地1階に住む車椅子の男性の買物を介助したが、団地まで帰ってきて4段ほどの階段で専椅子を押し上げようとしたところ、一人では持ち上がらない。だから助けにきてほしいという。妻は車で片道20分ほどのところへ出かけ手伝って帰ってきたのだが、私はもうひとつ納得できない。手伝いに行くことに何の文句もないが、階段の4段やそこら持ち上げるのを手伝う人が近所におられないのだろうか。土曜日の夕食時だから買物などで通りかかる人もおられるであろうに。
 日本の近隣社会は、そこまで“ちょっと助けてと言えない社会”(孤立社会)になっているのであろうか。

3.“助けて”と言えない理由

 人に気軽に助けてと言えない理由は、ものを頼むと「厚かましい」「ずうずうしい」などと感じていやな顔をする人が少なくないからである。人々がそう感じる理由は、小さいころから、自分のことは自分でするのが自立であり、人にものを頼むのは自立に反するよくないことだと思い込まされているからであろう。その背景には行き過ぎた競争社会があり、それが生み出す孤立を当然の宿命と受けとめる生き方・暮らし方がある。

4.孤立社会のマイナス

 まず、個々の人に着目すれば大きなマイナスが三つある。
 一つは、自分の人生の満足度がかなり低くなることである。近所の人が子どもを3時間預かってくれたお陰で、ずっとファンだった芸術家の公演に行けた人と、預かってくれる人がいなくて諦めた人との幸せ度の差は大きい。
 二つは、人との暖かいコミュニケーションの機会が圧倒的に少なくなることである。助け、助けられる関係は、人間的な信頼と好感のある関係であり、その間に生まれる、競争心、警戒心のないコミュニケーションは、快い共感や癒しを生み出し、悩みをやわらげ、時に実用的な知識をもたらす。
 三つは、それがもたらす人生の充実感(生きがい)を喪失させることである。人を助けることはエネルギーを無償で使うことではあるが、それによって得られる充足感は、無償で使ったエネルギーの経済価値を補って余りあるものである。経済力のみを頼って孤立して生きる人は、その喜びを知らない。
 次に社会に着目すれば、助け合い、つまり共生が乏しい社会は活力が乏しく、かつ非効率的な財政支出の大きい社会である。
 共生・共助を欠く、自助と公助だけの社会は、人々の経済力の差が強調されるため、富めるトップクラスに属さない多くの人々に敗北感、劣等感からくるストレスがたまる。それが社会の活力を消失させる。
 また、自助と公助だけの社会は、共助が行われれば満たされるニーズを、公助、つまり税金で満たさざるをえなくなるため、いきおい財政支出は拡大する。しかも、共助で満たすのに適するニーズを公助で満たすと、サービスの質が落ちたり非効率になったりして満足感を得るのが難しい。
 孤立社会のマイナスは大きいのである。

5.望ましい共生社会

 自分のことは自分でする─自助・自立が生き方の基本であることは、人間だけでなく生物一般に共通している。そして、市場経済は自助を前提とした社会の仕組みである。
 しかしながら、人は自己努力と市場のサービス及び公共のサービスだけでは生きることができない。生まれてくることすらできない。人が生まれ健全に育つのは、愛情を動機とする親の無償のサービスがあるからである。家族間の愛情、友人や仲間との友情、近隣の人々との人間的共感など愛情に基づく支援を得て、人々は自分の生きるカをつけ、生きる幅を広げていく。現代人は、市場のサービス(市場財)と公共のサービス(公共財)を重視するあまり、愛情に基づく無償・非営利のサービス(無償財)の重要性を忘れ、いびつな価値観・人生観を作ってしまっている。
 自分でできることは自分でする。しかし、助け合うことで人生の幅が広がるときは助け合う。それでも満たされないニーズは、税金を納め公共のサービスによって満たす。つまり、自助、共助、公助の順を誤らない仕組みにする。これがあるべき姿である。
 そして、その姿からみれば、今の日本社会に決定的に不足しているのが共助である。
 間違いやすいのが、自助を尽くさなければ共助をもとめてはならないと考えてしまうことである。依存症にならないよう、自助の精神をしっかり持ちながらもお互いに共助の範囲を広げることにより、人生はより充実する。自助も共助も公助もそれぞれの人の幸せを作り出す仕組みなのであるから、幸せを作り出すのにもっとも有効なように三者を組み合わせなければならない。

6.新しい共助活動の登場

 市場経済あるいは公共政策の中に組み込まれて確立した共助の仕組みは、保険である。
 一方、古来日本の庶民社会を支えてきた助け合いは、工業化の進展と行政サービスの発展につれて衰退し、「講」や沖縄の「ユイマール」も山梨県や沖縄県などに姿を止めているだけである。町内会、地区自治会などの共助の仕組みも形骸化した。
 保険が強いのは、共助の基本原理である愛情と切り離し、リスク分担という損得計算を基本原理としたからであり、ほかの共助の仕組みが衰退しているのは、地域社会が崩壊して、地域に対する愛情も地域社会維持のための社会的強制力も失われたからである。
 その中で新しい共助として登場し伸長しつつあるのが、ボランティア・NPOによる共助活動と地域通貨による共助活動である。
 いずれも、共助の重要性、無償財の意義を自覚した市民による社会的活動であり、自立を前提とした共助の活動である点に新しさがある。そして、それらが受け入れられているのは、古い共助活動に付随していたよそ者に対する排他性と仲間に対する煩わしい社会的強制力を払拭し、自立・自助(個人主義)を前提とし、愛情を基本とする活動にしたからである。

7.地域における共助のボランティア・NPO活動の伸展

 地域における共助のボランティア・NPO活動(ふれあいボランティア活動)が市民の組織によって始められたのは60年代である。それは、90年代に入り高齢化の進行に伴って広がり始めた。2000年に介護保険制度が実施されると、ふれあいボランティア活動は、基盤を得て急速に多様化し始めた。
 活動の種類は、配食・移送・デイケアその他地域のニーズに細かく応じるものとなり、それらがネットワークを組んで利用者にトータルなサービスを届けるようになりつつある。また、活動の対象は高齢者から障害者、そして子どもたちへと広がり、対象者を特定せず包括的に支援する形の活動に進化した。そして、ここ2年ほどの間に、もっと気軽に誰もが立ち寄り、交わり、憩いの時間を過ごせる居場所づくりが速いスピードで普及しつつある。古い民家などを借りて連日開かれる居場所(「広場」とか「茶の間」「実家」など立ち寄りやすい名前が付けられている)では、助ける者と助けられる者の区別すらなくなり、地域の中に小さなコミュニティが出現している。
 運用に当たるのはNPOや地域の有志などで、自分たちの会費でやっているところもあれば、地方自治体の委託金でやっているところもある。
 また、地域の子どもたちに放課後集う場所を提供し、ここに地域の大人たちも集う試みも全国各地で始まっている。

8.地域通貨の伸展

 ふれあいボランティア活動を行う団体は、70年代から時間預託(愛称:ふれあい切符)という仕組みを採用していた。ごく単純化すれば、自分の行った家事援助などの支援活動の時間を団体に預けておいて、将来自分なり家族が支援を必要とした時これを引き出し、団体から支援を受けるという仕組みである。団体を介した助け合いの仕組みで、現在でも約400団体がこれを採用しているが、介護保険制度の発足により伸びが止まった。
 これに代わって、私たちが時間通貨と呼ぶ地域通貨が伸び始めている。これは、時間を単位とする地域通貨によって地域の助け合いを推進しようとするもので、助け合い活動の幅は時間預託よりはるかに広く、子守り・買物・留守番からパソコン、ギターの教授まで、日常の助け合いのすべてを含んでいる。
 地域通貨には、このような共助型のもののほかに地域経済活性化などを目的とするものがあるが、これも、広い意味で共助の色彩を帯びており、このタイプも、日本だけでなく世界のかなりの国々である程度の広がりを見せている。

9.共助の未来

 冷戦の終結は、資本主義経済のグローバル化をもたらし、冷徹な資本のカが世界各地でコミュニティの経済を破壊した。これに対抗して、経済面だけでなく、それ以外の人間関係を復活し、暖かい地域社会を復活しようという動きが欧米においても出現している。
 本稿では、ふれあいボランティア活動と地域通貨という二つの新しい仕組みの伸展ぶりを紹介したが、人々は通貨のカの限界を自覚しはじめ、また、共助の重要性を認識しはじめており、今後数十年の間はこれらの仕組みはさらに広がり、日本は共助が重要な役割を果たす社会へと進化していくと見込まれる。特に、これから始まる人口減をカバーするため、日本に定住して働く外国人が増加する段階になると、これらの仕組みは安定した人種混合社会をつくる重要なツールとなると考えられる。さらにその先には、このようなツールがなくとも自然に助け合う社会が開けるのであろうが、それは孫、曾孫の世代の話である。とはいえ、私たちは、子孫がより幸せになれる方向で社会を進めていかなければならない。
 私たちさわやか福祉財団は、そういう思いでさまざまな活動を展開しているが、仲間は増え続けており、未来は明るいと実感している。

(公庫団信レポート掲載/2005年8月)
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