政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会

更新日:2018年7月4日

悪質タックルと危険防止策

 日大アメフット部の悪質タックル問題が、世間の関心を呼んだ。強大な力を持つ組織のトップの下で、支配にどう抗い、どう自分を生かすかなど、多くの人の生き方にも関わる問題が提起されたからであろう。
 ここでは、どう事実を認定するかという問題と、スポーツにおける危険防止策について考えてみたい。
 前監督と前コーチが反則の指示をしたかどうかという事実認定については、前監督と前コーチが否認しているにもかかわらず、アメフットの関東学生連盟は、両者の主張を「全く信頼性に乏しい」として斥け、指示があったと認定した。このケースについては、悪質タックル前後の前監督、前コーチらの動きを含め、客観的な状況の映像などの記録があったこと、悪質タックルをした本人が反省して事実を勇気をもって語ったこと、多数の目撃者も事実解明に協力したことなど、非常に恵まれた条件がそろっていた。

■錯誤 責任免れず

 それで、一方の当事者が否認していても積極的な認定ができたのであるが、一般的には、指示や共謀などについては、当事者の供述証拠しかないから、その内容が何かを認定するのは簡単ではない。しかも違法、悪質な行為の指示は、明確な言葉を使わず、以心伝心で行う例が多いから、指示した方はいろいろと言い逃れをするので、ますます認定が難しくなる。
 前監督や前コーチの立場からすれば、「映像にあるように完全に投げ終わったQB(クォーターバック)に後ろから飛びかかるような見え見えの反則など指示するはずがない。彼のその次のタックルのように、せめて反則かどうか意見が分かれるくらいのタックルで潰してこいという意味だった」と言いたいのであろう。
 その主張を延長すると、「反則は指示していない、激しくプレーせよという指導の意味で言った」という主張につながる。内心どう思ったかの記憶は簡単に塗り替えられるからである。
 しかし、それが正しければ、意図に反する明白な反則タックルをして、怪我が発生すれば内心慌てるであろうし、それは本人に対する叱責、選手交代、相手チームや審判に対して謝るなどの行動に表れるであろう。映像などにそういう行動は一切なく、むしろ悪質タックルを容認しているような行動が続いたことを一つの重要な証拠として、関東学生連盟は「潰せ」の言葉の中に「怪我をさせろ」という意味が入っていたと認定した。正しい認定方法であろう。
 それにしても「あそこまで露骨にやらせる気はなかった」という思いは残るかもしれないが、これは共犯と錯誤(くい違い)の問題である。「絶対ばれないように暗殺してこい」と命じたら白昼堂々と殺してきたという場合、やり方は想定外としても殺人を命じた責任は免れない。錯誤があっても、同じ罪の範囲内であれば責任を免れないという法理が確立されている。

■反則 類型化が鍵

 それでは、同じ指示があって選手が巧みにも反則にならない方法で意図どおりQBを怪我させてくれば、指示者も選手も責任を問われないのであろうか。
 答えは「理論的には問われるが実際には問われない」である。
 相手を怪我させる目的でタックルし、目的どおり怪我させれば、傷害罪になる。外形的には競技のために行う正当なタックルに見えても、それに見せかけて意図的に傷害を負わすことは、競技遂行のための正当な行為とはいえない。許されるのは、意図はなかったが結果として怪我をした範囲までである。
 だから、仮に「怪我させろ」などの指示が録音されていれば、実際にも処罰できるのであるが、そのように明白な証拠は現実にはまずない。そこで競技の現場においては、怪我させる意図などという不確かな内心の事実の追及を諦め、外形的に危険な行為を一律に禁止するという対応をしてきた。
 そうなると、外形的に怪我を招来するおそれのある行為をすべて反則とした上、審判が直ちに制裁措置をとることが重要な危険防止策となる。かつて米プロフットボール、NFLのゲームでQBトム・ブレイディが足元にタックルされ大怪我したため、QBの足元に対するタックルを禁じるルールが定められたが、どのスポーツであれ、柔軟な態度で危険な行為をもらすことなく反則の類型を定めることが、怪我を防止する最初の鍵となるであろう。

(信濃毎日「サンデー評論」2018.6.10掲載)
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