政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会

更新日:2018年7月27日

高齢者の能力発揮

 「日本の少子高齢化をどう超えるか」という演題で講演を頼まれて、困ってしまった。

 少子高齢化を止めることはできない。日本だけでない、どの国も同じである。今、少子高齢化がまだ始まっていないアフリカなどの国々も、いずれ今世紀中には少子高齢化が始まり、200年度には世界中が少子高齢化した国になっているだろう。どの国の人口構成も釣鐘のような形になり、その後はその形で安定するだろうから、世代間の負担と給付も現在の日本と違って差異はなくなり、したがって少子高齢化問題(世代間で負担と給付が異なる不平等問題)はなくなるのであろう。

 そういう大きな流れを考えると「少子高齢社会をどう超えるか」という問題は、これから世界中が進む「安定した少子高齢社会に向けて、どうスムーズに(なるべく問題を荒立てずに)進んでいくか」という問題だということになる。

 それでは「安定した少子高齢社会」では、何がどう変わっているのだろうか。

 そこでは、高齢者もそれぞれの能力に応じて何らかの社会的役割を担い、自分を生かして人生を送っているに違いない。そうでないと社会が保たれるはずがないからである。

 そうだとすると、今からそういう社会を目指すには「いくつになろうと自分のやれる範囲で社会に役立つ事をやるという文化」を広めることが重要だということになる。

 今、日本の社会では、子どもは学習に忙しく、青壮年は仕事に忙しい。ところが仕事から引退させられた高齢者の相当数は、能力も体力も気力もまだまだあるにもかかわらず、社会に自分の能力を生かす場を見つけずにいる。本人のためにも社会のためにももったいない限りである。

 高齢者同士の助け合いはもちろん、子育てにも祖母力、祖父力を発揮することが「少子高齢社会を超える」ことになるのであろう。

(京都新聞「暖流」2018.7.23掲載)
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