政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会

更新日:2019年3月20日

北方領土 共同主権の行使

  2月の北方領土返還要求全国大会は様変わりした。言い続けてきた「日本固有の領土」という主張をしなかったからである。これは政府が今後交渉に臨む態度を反映したものと推測できるが、では領土問題についてどういう態度で臨むのだろうか。

 安倍首相は2016年5月、プーチン大統領との間で「今までの発想にとらわれない新しいアプローチで、双方に受け入れ可能な解決策を目指す」と合意しているが、その後もロシアの態度は硬化する一方で、今年1月、ラブロフ外相は「北方領土が第2次世界大戦の結果ロシア領になったと認めない限り、領土交渉の進展はない」と言ったと報じられている。

 その背景を見ても、1956年の日ソ共同宣言でソ連は歯舞、色丹の返還に同意したものの、地域住民の反発が強まるにつれ歯舞、色丹の開発を進めている模様で、プーチン大統領の指導力をもってしても、2島返還すら困難な情勢になっている。米ロ間や東アジアの緊張の高まりもマイナス要因である。

 となると、双方に受け入れ可能な解決策は、北方領土問題を棚上げして平和条約の締結に向かうということになろう。日本はシベリアやサハリンに眠る天然ガスが欲しいし、ロシアは日本の開発資金や技術がほしい。安心して協力し合う関係にするために、平和条約が双方に必要なのである。

■理解への努力

 では、仮に棚上げした場合に北方領土問題はどうなるのか。

 ここが見えないと、北方領土に住んでいた島民(敗戦時1万7千人)の生存者や関係者の心はさまようばかりであろう。

 私は、短い外交官の経験も含めて実感しているのだが、外交の基本を決めるのは、民主主義国はもちろん、独裁国にあっても、民の意向であると思う。

 この問題を棚上げすれば、時が経過するほどにロシアの占拠の事実が確定、深化して、返還は困難になるから、単なる棚上げは好ましくない。ソ連の占領の不当性をロシアの心ある国民に理解させる努力を続けるべきである。

 ソ連は第2次大戦の末期、日ソ中立条約を破棄して1945年8月9日に対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾して連合国に降伏した後の8月18日、千島列島に侵攻。8月28日から9月5日までに、択捉、国後、色丹、歯舞を占領している。国際法上の戦争終結となる9月2日の降伏文書署名後も占領のために武力を使い続けたのである。この事実に争いはない。

 ロシアは、ヤルタ協定やポツダム宣言などから、これらの占領は合法と主張している。文言上、その解釈が成り立つとしても、日本がポツダム宣言を受諾して降伏した後に武力で占領した事実は動かず、そのことが人としての正義感に反することは、ロシアの心ある人々は理解するに違いない。

 さらに問題なのは、この戦争の目的であって、同盟国(ルーズベルト、蒋介石、チャーチル)は、1943年、カイロ宣言で、目的は日本が第1次世界大戦後に奪った地域(注、北方領土は当たらない)を返還させることにあり、「領土拡張の何等の念をも有するものに非ず」と明言していることである。第2次大戦中に「侵略戦争は許されない」という国際規範が確固たるものとなったのであり、これは人類が進化発展するために実に重要なモニュメントである。

 そしてソ連以外の連合国はこの規範を守り、米国は戦後統治した沖縄の統治権を日本に返還している。ロシアは連合国間で合意したヤルタ協定を理由に北方領土取得を合法と主張するが、仮に合法性を認めても、戦争による領土侵奪が人類の進歩の流れに反する不当な行為であることは、ロシアの心ある人々には理解されるであろう。

■漁業を利益に

 その主張をしつつ、日本は、北方領土への日本人の出入りの完全自由化と海域の共同管理を訴えるのが実質的ではなかろうか。日本は少子化が進み、人口消滅地域が増えつつある中、陸地の管理権を得ても、社会保障まで考えれば財政負担が増えるだけであろう。これに対し、海域での漁業権は大きい。ロシアと共同で資源保護のルールを定めて両国民が漁業権を持ち、産物の加工等を島で行えば、両国の利益となるだろう。そして共同による主権行使の形が少しずつ世界に広がっていけば、国家間の壁を低くする一つのモデルが生まれるのではなかろうか。

(信濃毎日新聞「多思彩々」2019.3.17掲載)
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