政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会

更新日:2019年7月24日

AIがもたらす共生社会

 故堺屋太一さんが唱えた「知価革命」は、実際に起きるとあっという間に世界中に広がり、今やスマホ一つでどこにいても情報をタダで入手できる世の中になった。ITの世界に飛び込んだ優秀な理系人間が大きな富を独占し、コツコツと勤勉に働く重化学工業時代の実直な人間は没落、トランプさんが囲い込み政策で時の流れに抗しようとあがいても、歴史は止まらない。ということは、知価革命は弱者を増やしている?

■弱者が強者に

 知価革命が生み出すAI(人工知能)やAIロボットは、シンギュラリティー(技術的特異点)とやらで2040年代には人間の知恵を超えるとか。急激に進むAIやAIロボットが人の働く場を侵食していくことは明らかで、自動運転は運転手さんの職を奪うし、ホワイトカラーの事務の仕事もどんどん機械に代替されている。少子化で人材不足が厳しいが、それも10年、20年で機械が解決してくれるだろう。ということは、AIロボットも弱者を増やすのか?
 そうなると文明の進歩は人類に不幸をもたらすことになる。
 私はこれまでの歴史で文明の進歩が最終的に人類の生活を合理化し、精神的豊かさをもたらしてきたように、ロボットの進化も、人類をもう一段高く幸せへの階段を上らせてくれると信じている。知価革命に乗れず、ロボットに職を奪われる弱者が、強者になる道が開かれると思うからである。
 ディープラーニング(深層学習)でロボットが人智を超え、その思考過程もわからない判断力を身に付けても、それはあくまで積み重ねた経験知から計算して導き出される判断であり、所詮左脳の領域の話である。
 ロボットには、本来的に欲望もないし、喜怒哀楽もない。まがいものの欲望(欲望に基づく行動)や感情(感情に基づく行動)は生み出すことが可能であろうが、それがマイナスの方向に向くときは、人間が制止すればよい。つまり、ロボットは、その存否と行動の方向を人間にコントロールされている機械である。そして生殖能力はない。
 当たり前のことを並べて何が言いたいかというと、理性の分野で人間がロボットに負けても、人間は欲求を持ち、感情を持っている点で、ロボットに負けることはないということである。つまり人間は、自分たちの欲求を満たし、感情面で満足する(楽しく生き生きとした気持ちになる)ために、ロボットを使えばよい。ロボットは目的達成に向けて智恵も出してくれるし、労力もたっぷり出してくれるから便利である。人間が100歳になっても、自動運転により日本縦断ができる時代を考えてほしい。

■感情を豊かに

 そして、肝心の゛弱者を強者に? の話であるが、高度ロボット活躍時代で何が人間にとって重要になるかというと、人間としての生存、自己肯定、成長の欲求、真善美を求める欲求、そして何よりも人の幸せをわが喜びとする欲求を満たすこと、そして、人との絆を結ぶ安心感と喜び、人に役立ったことによるいきがいの実感などの感情を豊かにすることである。
 それらの価値は、ロボットでは実現できず、人間の自助と共助によるほかない。そしてそれらは現在日本の教育が重視している知識の学習によっては満たせず、万人が備えている欲求と感情を素直に人間関係の中で生かすことによって誰もが実現できるのである。知価革命やAIロボット化により経済的に弱者となる人たちが、自然に新時代の強者になれるわけである。
 そして、新時代におけるそれらの価値を直接的に実現できるのは、人と人との助け合い活動であろう。助けることによりいきがいという最高度の精神的満足感が得られ、助けられることにより連帯による安心感が得られる。
 このようにして、社会は共生へと進むであろう。そこでは、共生を進める行為は尊敬され、尊重されて、必要な分配の対象になるであろう。
 また、精神的交流を重要な要素とする福祉や教育などの対人サービスは、ロボットが提供できないものとして高い経済的評価を受けるであろうし、ロボットの活動になじまない自然相手の産業も同じであろう。
 高度にロボットが活躍する近未来を人間中心の共生社会にするためには、教育も生き方も自然な人情を重んじる方向へ変えていくことが求められよう。

(信濃毎日新聞「多思彩々」2019.7.21)
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