政治・経済・社会
(財)さわやか福祉財団ホームページへ
 
提言 政治・経済・社会

更新日:2020年11月11日

自助自立で暮らせる環境を

 菅総理は就任以来「まず自助そして共助、公助」と主張し、自己責任の強調を警戒する論者から「今はまず公助の手を差し伸べなければならない人が多い時代」と反発を受けている。
 しかし、この論議はかみ合っていない。
 公助の典型である生活扶助を例にとっても、「生活扶助を有効に活用しつつ、少しでも自分らしい生き方を自分で築いていく」という自助の精神をまず堅持しなければ、生活は他者依存の自堕落な方向に流れてしまう。
 どんな生活環境下にあろうとも、すべての人が、自分らしい生き方(人としての尊厳ある暮らし)をしたいと努力(自助努力)をすることが望まれる。その意味で、「まず自助」という考え方は生き方の問題としても社会の仕組みをつくる基本の考え方としても正しい。生活扶助の仕組みや運用にしても、それが自助自立(少なくとも、精神的自立)に有効に機能するように(自堕落な生活に向かわないように)心掛ける必要がある。
 他方で、経済競争の激化による格差が進行している現代、自助努力だけでは経済的自立が得られない層が増えているのはまぎれもない事実であって、一般に経済的自立なくして精神的自立(人としての尊厳)を得ることは難しいから、経済的自立を望むすべての人にこれをもたらす環境をつくる政策的努力をすることは、喫緊の課題である。
 その意味で「自助・共助・公助」に反発している人々の指摘は正しい。ただ「すべての人に経済的自立をもたらす環境づくり」に取り組むにせよ、その環境ができるまでの間公助の手を差し伸べるにせよ、その目的は、その人が精神的に自立し、尊厳ある生き方をするのを保証するためである。だから、反発する人々の考え方からしても「まず人は少なくとも精神的自立を保持すべく自助努力をすることが望まれる」という考え方は大切なのであって、つまり、両方の議論は両立するということである。
 だから、かみ合わない抽象論を戦わすことに意味はなく、いずれの論者も「経済的な自立のために働きたいのに働けない人に対し、そのように働ける環境をどう整備するか」に具体的に取り組むことが重要である。

■働き手の補充

 今は極端に少子化が進み、福祉、農業、建設業、サービス業、運輸業など多くの分野で働き手が足りず悲鳴が上がっているのに、なぜ経済的自立を果たせずストレスをためている人がこんなに多いのか。
 まず働き手の数の問題であるが、これが足りないと、顧客のニーズを満たすために現に働いている人たちに過酷な負担がかかり、辞める人が増える。その悪循環が進み、顧客のニーズが満たされず、経済的自立もさらに遠くなることとなる。といって全体の数が足りない中で、人を取り合っても問題は解決しない。ここは必要な数の外国人労働者(分野によっては専門職)の導入に努めることが、顧客のニーズを満たすのはもちろん、日本人の働く環境を良くするためにも必要であるが、その努力があまりに乏しい。

■「経営協力者」

 つぎに報酬の問題であるが、この点は政府も努力はしているものの、経営者たちの内部留保や労働者への報酬の抑制は容易に是正されない。労働組合の力がこんなに落ちて、もはや実質的に経営者と対等に交渉する力を失ってしまっている以上、国民の総意を背景に、働き方改革を通じて経営の考え方を変えることが必要となる。
 例えば、働き手は経営者の指揮命令に従って労働力を機械的に提供するだけの存在ではなく、裁量で最適な方法を選んで業務の遂行に当たる主体的経営協力者であるという実態がある。特に医療、福祉や教育、各種サービス業、相談業のように人を直接の対象とする事業や、農業、漁業のように自然を直接の対象とする事業などではそうである。となると労働報酬は単なる事業のコストではなく、経営協力者に対する分配金ということになるから、その分配総額(裏返せば、内部留保の額)については労働者側との協議が必要といった考え方を採れないだろうか。
 働き方そのものの問題として、本人が主体的に判断できる範囲を本人の能力の上限まで高め、働き手に可能な限りの生きがいをもたらすことが求められる。
 働く人が生きがいを持って働き能力を伸ばしていくような環境となることを願っている。

(信濃毎日新聞「多思彩々」2020.11.8掲載)
バックナンバー   一覧へ
  このページの先頭へ
堀田ドットネット サイトマップ トップページへ