政治・経済・社会
(財)さわやか福祉財団ホームページへ
 
提言 政治・経済・社会

更新日:2021年2月17日

介護制度崩壊に向き合おう

 コロナ禍は、第3波で医療崩壊の入り口まで経験した。救急車に乗っても入院できる病院が見つからず車中で死亡する人が出たり、ホテルや自宅で入院待ちの間に死亡したりする事例が出たのは、医療の機能不全が始まっていた証拠である。
 これが常態化する前に何とか緊急事態宣言が出て、ほとんどすべての国民がマスクを着用、3密回避に努めた結果、最悪の事態は脱しつつある。ワクチンの投与が間に合えば、第4波による医療崩壊が避けられる可能性も見えてきている。

■担い手が不足

 新型コロナは、コロナ禍に対処する日本の検査体制も診療体制も不十分であること、また、入国の遮断や国内における3密防止措置の手法も確実性を欠くことを暴露したが、実は、日本の高齢者介護問題も同じような体制崩壊の入り口に立っている。こちらの方は高齢化問題が国民の目に見えだして30年、介護保険ができて20年たつから、問題と在るべき対策はコロナ禍の場合よりはっきりしているのだが、とるべき対策がしっかり打ち出されないため、うば捨ての方向へのゆるやかな転落を止められないでいる。
 昔から高齢者の介護は家族が担ってきたが、それが無理なことが国民に意識されたのは1990年代で、その対応策として2000年に介護保険制度ができた。これは世界に冠たる制度であるが、急激な少子化と高齢・長寿化はなおも止まらず、3年ごとに相当な勢いで上がっていく保険料負担がかなりの国民にとって限界に近づいてくるとともに、人材難による介護の担い手不足が顕著になってきた。
 このことは、ほとんどの国民が感じていることであり、その結果、施設の入所待ちやたらい回し、介護離職、在宅サービス不足などの制度崩壊現象が発生していることについても認識が広まっている。それにつれ不安も浸透している。
 国民の不安を払拭するのは政治の役割であり、なすべきことは、原因がはっきりしているから、明白である。担い手を増やさなければならないのである。
 まずは少子化で働く人の絶対数がどんどん減少しているのであるから、当面、外国人の応援を求めるほかない。介護にしろ農業支援にしろ建設にしろ日本に欠くことのできない仕事であるから、日本になじんで本気でやってもらうためには、移住してもらうことが望ましい。しかし、政府にその気はない。外国人を極端に嫌う日本人が一定限度いて、その勢力を恐れるからである。しかしそれでは、介護をはじめ必要な仕事が欠ける分だけ、日本人は不幸になる。
 もちろん外国人だけで担い手不足が解消できるはずはないから、新しい担い手を発掘しなければならない。一つは、専門職である。これは報酬を上げることが決め手である。厳しい職場であるから大企業事務職並みにしないと改善策にならないであろうが、現状は、改善してはいるものの、はるかに及ばない。

■国民議論の場

 政府が抜本的解決策をとれないのは、国民の負担増を恐れるからである。しかしそれでは、解決の糸口が見えない。
 もう一つは、高齢者の生活を支援するボランティアを増やすことである。一人一人のやれることは限度があるから、相当数増やす必要がある。そのためには、特に企業や役所を退職した男性を中心に、退職しても生きている限り、自分のできることをして人に役立つのが人間として当然の役割だという考え方に切り替えてもらう必要がある。
 国は高齢者の生活を助け合いで支える活動を広めるため、生活支援コーディネーターなどの体制をつくったが、そもそも行政は住民に動いてもらうのは苦手である。それは政治の役割だが、政治家は票にとらわれて役割を果たさない。
 結局コロナ禍対策と同じで、国民のため身をていする覚悟のある政治家でない限り、国民に厳しい政策を避け、結果国民を危険にさらすのである。
 しかし、事態は待ってくれない。まずは、国民参加の議論の場を設ける必要がある。
 国民も増税はつらいし、ただ働きは嫌いである。どんな専門職がどれだけ必要で、どれだけの負担が要るのか。そのほかにどんなボランティアがどれだけ要るのか。そのボランティアは、相手や自分にどれだけ生きがいや楽しさをもたらすか。
 私は、議論の結果トータルで良くなると理解すれば、日本人は、必ず動くと信じている。

(信濃毎日新聞「多思彩々」2021.2.14掲載)
バックナンバー   一覧へ
  このページの先頭へ
堀田ドットネット サイトマップ トップページへ