政治・経済・社会
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提言 世界
更新日:2008年6月24日
戦争だけはいけない
  絶対に、戦争をしないでほしい。
  戦争は、人殺しである。集団で同類を殺すなどという蛮行をしていては、人類は他の動物にも劣るであろう。
  第二次世界大戦に負けた時、もう日本人は二度と戦争をしようとは思うはずがないと確信した。
  私はまだ11歳だったが、戦争のもたらす死と飢えが、どれほど悲惨なものかを骨の髄まで知った。爆撃の恐怖におびえて暮らす日々が、どれほど神経を痛めつけるかということも知った。軍人が威張り、日々の辛さすら語ることのできない抑圧感が、どれほど非人間的かも知った。日本人の誰もが、何度生まれ変わっても忘れられないくらい、戦争の残酷さを知ったと思ってきた。
  ところが、最近力を持つようになった政治家たちの、無頓着さは何だろう。戦争の実態を、まったく知らないのか。たとえ第二次世界大戦を直接体験していないにしても、身辺には必ず体験者がいるであろうに。靖国の英霊に残された遺族たちの辛い思いを、どうして察することができないのか。
  優しかった私の叔父も、戦地に赴(おもむ)く途中、輸送船が沈められて、南方の海に散った。向学心に燃えていたという20代の叔父は、何を思いながら死んでいったのだろうか。一つしかない若い生命を、これからという時に人の力で断ち切る、その無惨さを思う政治家であってほしいと願う。
  戦争を容認する若者たちは、痛々しい。街宣車で威力を誇示する。あるいはパソコンで言葉の暴力を振るう。思うように就職ができず、こんなに辛いなら戦争になった方がよいなどという。戦争で痛めつけられる心や身体の苦痛は、想像ができないのだろう。痛々しい。
  繰り返す、絶対に戦争はしないでほしい。
  大量虐殺を、しないでほしい。たくさんの人々を、人間以下の暮らしに追い込まないでほしい。戦争に関する情報は、いくらでもある。大石芳野さんの写真集を開けば、世界の子どもたちが、魂を失ったうつろな眼で、戦争の非情さをあなたに訴えかけている。心を開いて、事実を見つめてほしい。
  世界に、もう戦争は要らない。
  体制の優劣を決する冷戦は、共産主義体制の敗北が決まり、もはや体制間の戦いを暴力で決着する必要性は、消滅した。選択肢は、資本主義、自由主義、民主主義しかなく、あとは、独裁体制の諸国もその方向をめざし、その国の経済的、社会的実情に応じて、あせらず、ゆっくりと、穏やかに、独裁体制を解体していくという課題が残っているだけである。その課題の解決に、戦争は要らない。それぞれの国に統治を委ね、世界が、経済や社会、文化の力で、平穏に、その国がその国のスピードで正しい方向に向かうよう、支援すればよい。あと二世紀もすれば、アフリカを含め、すべての国が、民主主義、自由主義の体制を採るであろう。
  それまでの間、暴力で解決したくなるような紛争の種は、尽きないと思う。しかし、戦争という暴力で何が解決できるのか。アフガニスタンもイラクも、市民の生活はおびやかされたままである。パレスチナの紛争は、戦争暴力により憎悪が深まるばかり。ベトナム戦争はベトナムとアメリカに大きな後遺症を残し、結局ベトナム国民は自力で発展しようとしている。
  逆にソ連や東欧は、体制を倒すという、もっとも暴力に結びつきやすい大事業を、情報にめざめた市民の力でほぼ平和裡に成し遂げた。歴史上最大の快挙といってよい。市民の力は、何よりも頼もしい。情報により状況がわかれば、指導者はいなくても市民は課題を解決する。しかも、平穏に。市民は、本質的に暴力を、特に戦争を嫌う。めざめた市民を信じ、その力に紛争解決を委ねよう。
  市民が、世界各地の紛争を解決するために望んでいるのは、憎悪に判断力を歪(ゆが)められた人々を除けば、警察力であって、断じて戦争ではない。イラクやアフガニスタンに駐在すべきは、軍隊ではなくて、国連指揮下の警察隊である。潜んでいるアルカイダを撲滅するのも、軍による爆撃ではなく、綿密な捜査に基づく逮捕である。
  世界の国が経済発展を望んでいる。そして独裁国であっても、その経済発展がある段階に達すれば、体制は必然的に民主主義、自由主義体制に移行するという、歴史によって証明された法則がある。だから、課題解決のため、性急に軍事力に訴えるなどという、非人間的なことをしてはいけない。日本は、軍事力に代え、世界の国際警察力の整備と組織化を訴えてほしい。さらに、今から軍事力の行使を警察力に移しかえるよう、アメリカなどに働きかけてほしい。
  世界中から、何としても戦争を追放しよう。
  私は、風になって、世界中に訴え続ける。
(文藝春秋SPECIAL 2008 Summer No.5 季刊夏号掲載)
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