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提言 世界
更新日:2018年12月9日
貧富差解消 世界的ルールを

 おおよそ700万年前に誕生したといわれる人類は、共同体の規模を少しずつ広げて、数百年前から、ほぼ現在の国という形に辿たどり着いた。多産時代の領土拡大意欲はなおも衰えず、植民地獲得競争が続いたが、それも第2次世界大戦で一応の終止符が打たれ、力による他国の支配を悪とするルールが平和をもたらした。少子化と理性が欲望を抑えたのである。
 その後も米ソのイデオロギーによる支配地拡大の冷戦は代理戦争を発生させていたが、共産主義の内部崩壊により戦争の大きな危険は去った。平等より自由を求めるヒトの本性が決着をつけたのである。
 しかし、ここへ来て、またぞろ国や地域の戦争につながりかねない危険が高まっている。

■難民問題の原因

 共通する基本的原因は、個人間および国家間の貧富差の拡大であり、これを解消したいという、いってみれば当然の個人および国の欲求が危険を生み出している。
 顕著なのが難民問題で、科学技術の急速な伸展でより豊かになったヨーロッパ諸国やアメリカに極貧の人々が押し寄せるのは、人間の生存本能に由来する行動である。
 人類すべての幸せの実現という国連レベル(2、3世紀先には世界政府レベル)の視点から見れば、先進諸国が国を開き、ヒトをどんどん受け入れることが望ましい。しかしそれは、先進諸国の国民の営々たる努力で高めてきた生活水準をまだら模様に破壊することになる。当面必要な対策は、先進諸国が、自国民の生活水準を我慢できないほどに破壊されることなく、寛容な人間愛によって許せる限度まで受け入れるルールを確立することであろう。
 日本は先進国として難民、移民に異常に厳しいが、情に流されず理によって歴史の大きな方向に沿う判断が必要であろう。

■漸進的な解決へ

 そして、基本的な解決策は、生活水準の低い発展途上国の経済力を高める政策を、経済力の強い国々が協調して実施することであろう。それが結局、先進国の経済力をさらに充実させることにもなる。一国の目の前の利益だけを考えた収奪的行為は抑制しなければならない。そういうルールを世界的に確立する必要がある。
 アメリカと中国の貿易摩擦の問題も、突き詰めれば貧富の差の問題に行き着く。世界政府的レベルの視点から見れば、富める先進諸国は発展途上国に生産技術を伝えて、その生活水準を上げるのに協力し、自らは新しい技術を開発して人類全体の水準向上に貢献してほしい。
 そのため、先進諸国は国を開いてモノやカネの移転を自由にすることが望ましい。しかし、国が依って立つ生産分野の転換は短期間にはできないし、新しい技術開発も簡単ではない。
 それをどう漸進的に解決していくかについては、世界各国は根気強く協議を重ねてきた。国を開くことが望ましいという基本的ルールもほぼ確立している。その方向に背くトランプ大統領は、世界の支持を失うであろう。日本は、この分野ではアメリカのお友達であってはならない。
北朝鮮やイランなどの核武装問題も、貧富差の問題である。貧しく民主化できない国の支配者は、先進民主主義国の武力で、人権擁護の大義名分のもと独裁権力を奪われることをおそれ、手軽に入手できる核の武力を持とうとする。これに対する武力や経済制裁による威嚇は、当面は有効であっても根本的対策とはならず、経済、貿易面の協力で民の生活水準を上げる政策が迂遠うえんながら王道であろう。
問題は中国で、その経済的拡張の欲望を遂げるため、軍事力を拡大していると見られる行動をとっていることである。今は総合力が突出している民主主義国アメリカが世界の警察官の役割を果たしているので、いささか乱暴な点はいさめつつアメリカを支持するのが日本の正しい態度であろう。しかし、独裁国中国が次第に軍事力を高め、世界の警察官の地位を狙って動き出すと、両者の衝突の危険が一挙に高まる事態になりかねない。
 これも世界政府的な視点から見ると、そもそも一つの国が世界の警察官というのは異常な形であるし、ましてや独裁国が警察官というのはありえない。
 日本は、世界の諸国に呼びかけて、「武力行使は警察行動に限り、警察力の行使は国連軍に限る」という世界の常識の確立に努めたい。それが結局アメリカの利益にもなるであろう。

(信濃毎日新聞 2018.12.9掲載)
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