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つれづれタイム
更新日:2005年9月16日
主人公になりきり夢中

 「デュマ作『巌窟(がんくつ)王』、この本は私達宮女三一期生にとって、忘れられないものなんです。担任の小森先生(注・私の母)は、お弁当が済むと、お昼休みの時間にこの本を朗読して下さいました。先生のお声はとても聞き易(やす)く、私達を物語の中へ引き込んで下さいました。ダンテスと共に絶望し、怒り、モンテ・クリスト伯の復讐(ふくしゅう)にはらはらさせられました。あの時間は、とても楽しかった。本好きでなかった人も、読書の面白さを感じたでしょう」
 この文章は、私の母四奈の教え子、田中久子さんが、母の文集のために寄せて下さったものです。母は、父と結婚する前、1年間だけ、宮女(宮津高等女学校、いまに直せば女子中学)の英語教師をしていましたが、そのときのことです。
 私も、小学校から中学校にかけて、母から「巌窟王」を読んでもらいました。戦争が終わった直後で、テレビはもちろんなく、映画を見るお金もない時代。母は、夕食のあとのひととき、子どもたちにこの本を読んでくれたのです。まだ小学校に入るか入らないかの妹や弟も、わかるはずはないのに一生懸命聞いていました。
 しょっちゅう停電していましたが、ローソクの灯がゆらゆらとゆれる中で、主人公エドモン・ダンテスが、ほとんど光の入らない地下牢(ろう)に14年間も閉じ込められているシーンを読んでもらっていると、その絶望と恨みがひしひしと胸に伝わってきて、「なんとかここを抜け出して、私をうその罪でこんな目に遭わしたダングラールらをやっつけてやれないものだろうか」とダンテスになりきって、話に熱中していました。
 長い小説なので、朗読はなかなか進まず、私は待ちきれなくなり、ダンテスの脱獄(だつごく)したあたりからあとは、自分で一気に読んでしまいました。ダンテスが大金を入手し、モンテ・クリスト伯となって、じっくりと悪者どもをやっつけていく話は、はらはらの連続でした。その知恵と勇気と、そして復讐しながらも自然にあらわれるダンテスのやさしさと人間愛に、心をときめかしたものです。
 しかし、なんといっても母に読んでもらった前半の部分が、いまもはっきりと心に焼きついています。朗読を通じて、母と私が心の奥深くでつながり合ったような気がするのです。奴隷だの、決闘だの、古いしきたりも出てくるので、親が解説しながら読んであげるのもいいかなと思っています。

(毎日新聞掲載/2004年3月24日)
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