教師歴二十三年、四十五歳。小学校のベテラン女性教師が帰宅すると、中学三年の娘が煙草(たばこ)を吸っていた。「何してるの!真紀はこんな子じゃないでしょ」と叱(しか)る母親に、娘は「こんな子じゃない?私は、こんな子なんだよ。あんたは一度だって私がどんな子かなんて考えやしなかっただろ」と口答え。親子の地獄は、その日から始まった。
娘は部屋に引きこもって出て来ず、拒食が続いて倒れ、入院する。病院に駆けつけた母親に娘は言う。
「来なくていいよ。あんたには私みたいな娘は迷惑なんでしょ。学校も行けない、成績も下がる。立派な先生の娘がこのザマじゃ恥さらしだって思ってんだろ。ここまで追いかけてきてため息なんかつくんじゃねぇよ。勘弁してくれよ」
とんでもない娘だ、徹底的にしつけるべきだと思われただろうか。としたら、あなたも「子どものことなど考えたことがない」人だと言われそうである。この娘さんは、十分にしつけられた、明るく活発で勉強のよくできる子だったのである。
一年近い苦しみの日々を経て、心のケアのおかげで立ち直り始めた娘が、原因を語った。中二の正月の実力試験の成績が悪く、親が励ますために、これでは親が希望している私立学校への進学は難しいと言ったのである。
「頑張るしかなくて、ずっと頑張ってきて、でもだんだん自分の力がどのくらいかわかるじゃん。もう疲れちゃった、頑張るの。でも、決してそんなの認めてくれないし……」
子どもは、何とか親の希望に応えようと、幼いころから必死に頑張っている。親の目から見れば、さからってばかりいるようだが、それは自分を生かそうと試みているのであって、親の基本的な望みについては、何とかしなければならないと思っている。しかし、それがいやなことであると、その努力は大変な苦痛を伴う。
だから、親の目から見ると、親のいいつけをまるで無視してだらだらしているように見えるが、実はだらだらしていても、強いストレスをためている。それが、年単位で続くと、ついに切れてしまう。そして、切れた子が元に戻ることはなく、トラウマを抱えて長い人生を過ごすことになる。
何とか切れなかった子は、自分のしたいことを諦(あきら)め、考える能力を伸ばすことも諦め、てっとり早く暗記で試験をパスして親の期待を満たし、無気力な指示待ち青年として社会に出て来るのである。
もう一度、この真紀さんの叫びを聞いてほしい。真紀さんは、綿密な取材に基づいて吉永みち子さんが書いた「ボクって邪魔なの?」(小学館)の主人公の一人。多くの子どもたちの代表である。
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