更新日:2008年4月23日 |
公益性の認定 |
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新公益法人に対する税制の姿が決まった。うっとりするほど、格好がよい。もちろんあばたもあるが、骨格がいいから見栄えがする。ここまで財務省が理解を示すとは、これまでの課税強化一本槍の姿勢から予想していなかった。
こうなると、先に成立している法人制度の不備が目立ってくる。
新税制は、新公益法人の本来事業に対する法人税を非課税とした。つまり、収益の出る事業であっても、公益目的事業と認められることを当然の前提としている。現行法令では、そういう事業はいちいち特定して「収益事業」の定義から除外しているが、これを一般的に「公益目的事業に認定されたものを除外する」ということにして、その中身の決定を、内閣総理大臣と知事に委ねたのである。
そこで公益性の認定であるが、認定法は、別表に23類型の事業を列記している。つまり、福祉、教育、環境、人権擁護など、事業の分野で公益性を決める仕組みを採用している。もちろん、どの分野であっても、営利を目的としてこれらの事業を行うことは可能であり、現にどの分野でも、株式会社や有限会社が法令に該当する事業を行っている。福祉分野では、在宅サービス事業や有料老人ホーム事業などがあるし、教育や芸術の分野でも、隆盛を誇るのは営利会社である。
つまり、事業内容をどのように定義しても、その事業は営利事業も行うことが可能であるから、事業の定義によって営利事業を除外するのは不可能である。
一方、公益性の実質からすれば、その事業が営利事業によっても行うことが可能なものであれば、公益性は認められないこととなる。営利事業がやれることを、わざわざ税制面で優遇して公益法人にやらせてはいけないのである。
となると、問題は、「営利事業がやれるかどうか」の認定である。やれるかどうかは、経済社会における企業の体力にかかっているから、その基準は、時代とともに変わり、また、その時々の資本の力量によって変わる。大きな流れにおいては、企業は体力をつけてきて、かつてはやれなかった事業もやるようになってきているが、高度成長期を終えた後は、常にそうだとは言えない。少子化が進めばどうなるか、見通しも立たない。
要するに、営利事業がやれるような事業かどうかを決める基準は、事態が常に流動するため、客観的に定めることは不可能なのである。
では、どう認定するのか。
例えば、介護保険の分野では、在宅介護を営利事業者もNPOも社会福祉法人も行っている。そのうち社会福祉法人だけは、特別体系でその事業は非課税である。しかし、どこに区別の実質的な合理性があるのか。合理的理由がないから、現場に不公平感が溜まっている。同じような問題は、教育、芸術、文化その他いろいろな分野に生じている。
この点について認定法は、「公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれること」という一般的基準を定めた。
これは、不出来な基準である。この規定が誠実に守られれば、そもそも課税されることがないので、本来事業非課税の意味がないこととなる。それでは偽装の非課税法制ということになり、立法政策としておかしい。実態面からしても、営利事業がある事業をやらない理由は、ある年度に剰余金が出る見込みがないことだけではない。それがあっても設備投資や人材確保などのハードルがあってやらない場合や、見込みは立つが変動リスクや競争のリスクが高く危険な場合、利潤の幅が薄いため、資本が手を出さない場合など、さまざまな理由がありうる。
理論的に言っても、23の類型に該当する事業であるにもかかわらず、そこから除外すべきものは、収益事業ではなく、「営利を目的として行うことが可能な事業」である。とすれば、筋違いの「収益の見込み」などを持ち出さず(それは、非営利性の要素に過ぎない)、端的に公益性の認定基準を「当該公益事業がなければ、その提供しようとする目的が、営利事業によって提供されると見込まれること」とするのが正しい。そのような認定基準であれば、本来事業非課税の趣旨が生きてくる。
その認定は難しく思えるかも知れないが、具体的には、「営利事業によるサービスを得ることが出来ず、困っている人々の存在」(つまり、公益目的事業の対象者の存在)の疎明があれば足ることであり、これは収益がない見込みの疎明より簡単であろう。
実際問題としては、新認定法の早々の改正は難しいかも知れないが、法の趣旨を正しく詰めて解釈すれば、上記のような考え方を認定に当たって採り入れることは可能であろう。
例えば、寄付が得られている事実や、ボランティアが参加している事実は、その事業が営利事業によって行うことは難しいことの有力な間接証拠である。営利事業として行い得るような事業には、一般市民が寄付したりボランティア参加するようなことは、通常あり得ないからである。したがって、そのような事実があれば、それをもって、「収益がない見込み」が疎明されたと認定してよいであろう。
公益性認定が、立法者の卑小な計算ではなく、社会的視点に立った法の趣旨に則ってのっとって行われるよう、願っている。
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(「月刊公益法人」Vol.39/No.4/2008掲載) |
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