政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会
更新日:2006年6月18日

“私と愛国心” 声高に説く人々は 地域でなにをしただろうか

  残酷に人を傷つけ、殺す非行少年たちは、自分が要らない人間だと思っている。自分のことがどうでもいいから、人の生命もどうでもいいのである。こわいのは、非行に至らない少年たちの中にも、自己を肯定できない者が増えていることである。そういう少年が人を愛することはないし、いかに教育しようと国を愛することなどありえない。
  言いかえれば、生きる喜びを実感してはじめて、支え合ってともに生きる人々を愛し、そういう生き方の基盤をつくってくれる郷土や国への愛が芽生えるのである。愛は身体の奥から湧き出るものであり、教えて植え付けたり、育てたりできるものではない。
  もっとも、戦前、戦中のように、あるいは朝鮮民主主義人民共和国のように、周りに自分たちの生存をおびやかす敵をつくり、生きる道は国(支配者)との一体化しかないという認識に国民を追い込めば、疑似愛国者を創り出すことが可能である。愛国心を教育しようとする人々が、しばしば隣国に敵意を示すのは、偶然の一致ではない。
  しかし、その愛国心が、いわれない日本の優越感にすぎず、国を根源から破壊し、国民に死と貧困と不幸とをもたらしたその状況を、私以上の世代は、生命の危険とともに現認した。
  だから、愛国心という言葉と、それを教え込もうとする人々が、実は国と国民の幸せの破壊をもたらすものであることを、少年時のきびしい飢えの記憶とともに、確信している。
  少年時代に、疑似愛国者たちに徹底的に裏切られたにもかかわらず、私は、私という人間をつくりあげてくれた日本を、心から愛している。72年から75年までの3年半、在米日本国大使館にリーガル・アタッシェとして勤務しながら、自分が愛国者であることを痛感した。アメリカ政府の重要な職務を担う法律家たちが、私との友情から、機密情報をくれるのを感謝しながら、「もっと国を大切にしろよ」と忠告したいという、矛盾した気持ちを持っていた。私は、アメリカ社会を知るにつれ、自助と共助の精神に満ち、自立の強さと助け合いのあたたかさを両立させているアメリカ社会の根強さを、日本でも築きたいと願うようになった。経済成長後の日本国民の幸せは、そういう社会の中にあり、その実現に向けて地道に努力する人々こそ、日本国民と日本の国とを本当に愛する人だと思っている。
  声高に愛国心を説く人々は、自分を肯定できず心の闇をかかえている子どもたちのために、ボランティア活動をしたであろうか。あるいは、共助による連携を深めるために、地域の助け合い活動をしたであろうか。

(朝日新聞社『論座』2006年7月号特集「私と愛国心」掲載)

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2006年1月17日 「公益法人制度改革」への意見書を提出しました。
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