T 改正作業の現段階における問題点
公益法人制度改革については、平成16年12月24日の閣議決定において基本方針が決められ、これに基づいて、内閣官房の公益法人制度改革推進室が、平成17年12月26日に「新制度の概要」(以下「新制度の概要」という)をとりまとめ、広く国民から意見を募集したうえ、平成18年の通常国会に提出すべく、法律案を起草している段階である。
一方、公益法人税制の改革については、政府税制調査会の基礎問題小委員会(石弘光委員長)と非営利法人課税ワーキング・グループ(水野忠恒座長)が、平成17年6月17日、「新たな非営利法人に関する課税及び寄附金税制についての基本的考え方」(以下「基本的考え方」という)と題する意見書を公表したが、その具体化については、新たな公益法人制度に関する法案の具体的内容を踏まえて検討するとしている(平成17年11月税調答申)。
よって、本稿では、上記の「新制度の概要」と「基本的考え方」に示された、現段階における政府の構想に対して、その問題点を指摘し、あるべき姿を述べることとなる。
大きな問題点は、次のとおりである。
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政府は、一般非営利法人は原則課税としているが、原則として利益を分配しないのに原則 |
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課税とするのはおかしい。なお、会費だけは非課税としているが、整合性がない。 |
A |
公益法人は、営利事業と競合する事業による収益に課税することにしているが、競合の考え |
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方が誤っている。公益法人の本来事業による収益は非課税とすべきである。 |
なお、「基本的考え方」が、すべての公益法人に対する寄附金の損金算入を認めたのは、
大きな進歩である。そのために、新制度では、「公益」の定義を明確にすべきである(さわやか福祉財団HP http://www.sawayakazaidan.or.jp参照)。
U.非営利法人に対する原則課税の不当性
1. 政府の構想とその難点
「基本的考え方」が、一般非営利法人は原則課税とする根拠は、一般非営利法人の中には、実質的に利益を分配する者もおり、また、営利法人と同種同等の事業活動を行う者もいるから、非営利法人、営利法人という法人形態の選択に対して中立的にするためであり、また、租税回避の防止のためであるとしている。
しかしながら、「新制度の概要」によれば、一般非営利法人は、残余財産の分配を含めて利益の分配はしない原則になっている。例外的に、残余財産を分配する時は、その時に利益が発生したものとみなして課税すれば足りる。また、給与、交際費、役員待遇等の名目で、職務と対価関係になく、職務遂行に必要でもない金品を供与するのは、実質的利益分配であるが、これは、業務上横領又は背任に当たる違法な行為である。一部の非営利法人においてこのような法に反する行為が行われることは予想しなければならないが、それに対しては、たとえば基準額以上の給付は利益分配と推定するというような規定を置くとか、否認規定を置くなどして租税回避を防止すればよいのであり、一部の法を遵守しない者の存在を予想して、法を遵守する一般の人々すべてについても、法を遵守しない者に対するのと同等の不利益を課するのは、立法として明らかに過剰である。私的財産権を法によって侵すものというほかない。
また、非営利法人か営利法人かの選択に対する中立性は、非営利法人を隠れ蓑にして営利を追求しようとする者についてのみこれを確保する必要性があるのであって、営利を求める意思のない者や、営利事業としては成り立たない事業をしようとする者、つまり、標準的な非営利事業者にとっては、もともと営利事業を選ぶ余地がないのであるから、選択はありえず、したがって、中立性を確保する必要性がない。そして、選択が働くような事業者については、中立性を保つ前に、上記のような租税回避防止措置により、営利事業にするか正当に非営利事業を営むかの選択をさせればよい。非営利法人に対する原則課税は、中立性の確保どころか、非営利法人となる自由を不当に圧迫する立法措置である。
「基本的考え方」がもう1つの根拠としてあげる「実質的に営利法人と同種同等の事業活動を行いうる」ということについては、法律上適法にこれを行うことができるのであるから、そのような事業を行っている非営利法人については、その事業による収益(剰余金)に課税(いわゆる競合事業収益に対する課税)を行えば足りるのであって、そういう法人があることを根拠に、そういう事業を行っていない非営利法人にまで課税するのは、過剰であって合理性がない。
2. 一般非営利法人に対するあるべき課税
あるべき課税は、「実質的に営利法人と同種同等の事業活動を行って得た収益」、つまり、営利法人と競合する事業の収益に対する課税である。このほか、実質利益分配を行った場合における当該収益に対する課税(これに、制裁的課税を上乗せして行う)を行う。
競合事業の収益に対する課税の根拠は、競合事業との競争上の公平確保という政策的なものであって、営利法人に対する課税の根拠、つまり、担税力のある所得(実質的な収益が帰属して発生する所得)の獲得とは、性質を異にする。
ただ、競合事業による収益は、その事業が公益事業でない時は、実態として事実上の利益分配に結びつきやすいから、これに課税する実質的な根拠があると言えよう。
一般非営利法人の事業の目的はほとんどが共益であり、例外的に私益又は公益であるという実態になると想定されるところから、競合事業が本来事業であっても、非課税とする必要はないと考える。
3. 会費の非課税とその他収入との整合性
「基本的考え方」が、同窓会などの共益法人の会費を非課税とする方向で検討するとしているのは、当然とはいえ良いことであるが、問題はその他の収入に課税することとの整合性である。
本稿のように、競合事業による収益事業以外は非課税という常識的な解釈に立てば、会費以外の収入も原則非課税とすることで、理論的、実務的な整合性が取れる。立場を変えて、「基本的考え方」のように、政策的に原則課税とするという考え方に立つと、会費をその例外とする根拠は、「会費については、これを実質的利益処分に回すおそれもなく、もちろん営利事業と競合する収入でもないから、課税の例外としてよい」ということになるはずである。その考え方を進めると、その共益事業の経費に充てるために会員や支援者等が拠出する寄附金、補助金、助成金等についても、同じことが言えるから、これらも課税の例外としないと、政策の整合性が取れない。
「基本的考え方」は、会費非課税の根拠を、「会費は会員向けの共益的事業に専ら費消されるものであるところ、収入時期と支出時期とのタイムラグにより一過性の余剰が生じるが、これに課税することは合理的でない」と述べる。それが政策の根拠であれば、利益分配が認められない以上、寄附金をはじめとするすべての収入が、いずれその事業に費消されるべきものであるから、すべての剰余金は、波の大小はあれタイムラグから生じるものということになる。これを理論的に言い直せば、非営利法人の収入はすべて将来その事業のために費消されるべく制約を受けているものであるから、法人の「預り金」又は「前受け金」に過ぎず、処分の自由はないから担税力を発生させるものではないということになる。結局、原則非課税に行きつくのである。
V.公益法人に対する課税のあり方
1. 政府の構想とその難点
「基本的考え方」によると、公益法人については、事業の公益性に鑑み原則非課税とし、営利法人と競合関係にある事業のみに課税するとしている。現行制度を踏襲するわけである。ただ、競合事業については、現行の33業種限定をやめ、たとえば「対価を得て行う事業」というように、包括的に規定することを検討するとしている。
しかしながら、公益性に鑑み非課税とするのであれば、そのこと自体は理論的にも政策的にも正しいのであるから、その事業がたとえ営利事業と競合しようとも非課税にすべきである。つまり、公益法人の本来事業は非課税とするのである(ここが一般非営利法人に対する税制との違いであるべきところ、公益法人に関する現行税制は、実は一般非営利法人についてのあるべき姿となっているところから、議論が混乱している)。現に、公共法人の全事業は、法人の公共性に鑑みすべて非課税とされているし、社会福祉法人、学校法人等の行う本来事業は、非課税になっている。日本の税法の母法であるアメリカ税制も、公益法人の本来事業を非課税としている。
また、現行税制は、営利事業との競合に関し、何が競合で、なぜ課税するかを詰めなかったために、実際には競合しない場合についても広く課税されるという不都合が生じている。合理的な規定を考案しなければならない。
2. 現行税制の難点は、どのようにして生まれたか
日本で公益法人に課税されたのは、いわゆるシャウプ勧告を受けて行われた1950年の税制改革以降であって、それまで公益法人は、人格のない社団や特別法による非営利法人等と同様に、非課税であった。利益の享受者がいない者には課税しないという、常識的な税制だったのである。
ところが、特に戦後になって、収益を目的とする事業を行う公益法人等が目立ってきたため、宗教法人、学校法人、労働組合について、個別に、その収益事業に課税するという立法がなされた。そしてシャウプは、「多くの非課税法人が収益を目的とする活動に従事し、一般法人ならびに個人と直接競争している」(シャウプ勧告書一、116頁)との認識から、非課税法人の収益事業については、税務当局が個別に審査して非課税とするか否か、その範囲等を決めるべきだと勧告した(大蔵省主税局編「シャウプ勧告書の詳解」)。
ところが、大蔵省は、「すべての公益法人等についてその事業を精査し、公益性の強弱を判定することは事実上不可能に近い」(大蔵省主税局調査課編「所得税・法人税制度史草稿」266頁)として、現行税制のように、「物品販売業」等の業種を列記し、これに当たればすべて収益事業と取り扱うという立法を行ったのである。
シャウプの母国アメリカの税制は、前述のとおり、本来事業はたとえこれにより収益が得られても非課税であり、シャウプは、本来事業については問題にしておらず、「収益を目的とする活動」を問題にしている。しかし、収益を目的とする事業か本来の公益事業なのかの判定は、実態として微妙な場合も少なくないから、シャウプは、個別認定に係らしめようとしたのである。
にもかかわらず、大蔵省は、実務上の手間を嫌って業種列挙という粗雑な立法を行い、その際、法律に「ただし、公益のために行われる事業はこの限りではない(収益があっても課税しない)」という大原則を定める規定を設けず、また、業種を列挙するに当たって、収益(剰余金)を得る目的でこれらの事業を行う場合に限る」という限定規定を置くこともしなかった。詰めが甘かったと評するほかない。そのため、政令で業種を列挙するに当たっては、特別法により設立される公益法人(広義)の本来事業についていちいち業種から除外するという、煩雑で危うい作業をせざるを得なくなった。しかし、民法34条に基づく公益法人についてはこのような作業は困難であったため、税務の現場では、解釈で公益性の強い事業を業種から外すことにより妥当性を確保するという実務も行われていた。しかし、国税庁は、昭和44年と56年の2度にわたって通達を出し、公益法人の本来事業であっても列挙された業種に該当する時は課税するという有権解釈の徹底を図っている。現行法の解釈としても、本来事業は非課税という解釈が可能である(現に、元判事で租税訴訟学会会長の山田二郎氏は、その立場である)のに、国税庁は誤った方向へ運用を固めたのである。
一方、大蔵・国税当局は、官製公益法人の収益の一部について、これに課税すべきものについても、業種追加の立法措置をせず、あるいは既存の業種について限定解釈を行うことにより、課税を怠っている。
このようにして、現行税制は、非課税とすべきものに課税され、他方、課税すべきものについて課税されないという、不公正な事態を招いている。
言ってみれば、不完全な土台でスタートしたため、その後の建築も歪んだのである。その建物で暮らすしかなかった国民の不幸を、今回の大改築でも引き継ぐようなことをしてはならない。
3. 公益法人の本来事業に対する非課税
公益法人は、利他の精神をもって、政府(地方自治体を含む)が提供できない公けの利益を実現しようとするものであって、その公益の質は、国民、住民の現実のニーズに基づくものであるだけに、政府が実現しようとする公益よりも優先するものが少なくないとすら言える。要するに、両者に課税面で差異を設ける根拠は、実態面でも政策面でも存しないのである。
「民間が担う公共」の重要性については、平成16年6月政府税調基礎問題小委員会の「わが国経済社会の構造変化の『実像』について」が指摘しており、「基本的考え方」も、価値観の多様化や社会のニーズの多元化が進む中、「民間が担う公共」が重要となっていることを改革の前提としている。厳密に言えば、社会が進歩するにつれ、「行政では担えない公共」に対するニーズが多種多様に発生し、その充足が求められている。
これを解決するためには、公共を担う民間の力を大きく引き出す以外に、方策はない。そのための施策として、少なくとも公益法人の本来事業について非課税とすることにより、民間の公益活動を行政のそれ並みに評価し、民間のやる気を引き出すことが重要である。これによって、厳しい財政の制約を民の力でクリアして、トータルでより大きな公益を実現し、もって活力にあふれる日本社会を実現すべきである。
4. 公益法人の本来事業と収益事業
公益法人の本来事業は、当然に公益事業である。公益事業とは、不特定多数の者の利益を目的とし、収益(剰余金の獲得)を目的としない事業をいう。
公益事業が剰余金の獲得を目的としないのであれば、実態上たいした課税問題は発生しないと思われるかも知れないが、莫大な剰余金を獲得している公益法人が存する。それは、官製公益法人であって、その中でも多いのは、行政から、資格試験、検査、登録、証明等を委託されて行う公益法人である。これらは業務を独占しており、対象となる国民はその業務の対象とならざるをえないから、市場原理はまったく働かず、試験料等の料金は、言ってみれば取り放題である。猪瀬直樹氏が指弾するのはこの類型の法人であるが(同著「公益法人の研究」著作集1「構造改革とはなにか」小学館192頁以下)、この類型の法人に対して税制で十分に対応することは不可能であって、平成12年12月閣議決定の「行政改革大綱」を徹底して実施し、事業の剰余金のすべてを国又は地方自治体に帰属させるくらいの強い措置を取るべきである。
また、調査研究など、それ自体はさしたる収入が得られない事業を行っている官製公益法人に対し、不当に高額の委託料、補助金、助成金等を支払い、そのため不当なフリンジベネフィット(事実上の利益分配)や内部留保金が発生している例があるが、これも税制で十分に対応することはできないのであり、委託金、補助金、助成金を、さらに徹底して見直すべきである。大綱に基づく措置は、不十分である。
いずれにしても、官製公益法人に対する対応を念頭に公益法人税制を考案すると、不当に過剰な制約を課することになり、公共を担おうとする民間の息の根を止め、その芽を摘むことになる。
公共を担う民間として標準的な公益法人を取り上げれば、それらはもともと営利事業としては成り立たない事業を行うのであるから、事業収入(顧客から得る収入)は、あってもたいしたものではない。
その公益事業が、環境、防犯等のように直接的な受益者がいない場合は、事業収入は皆無であって、寄附金、基金の運用収入、補助金、助成金、行政からの委託金等により事業を行うほかない。その公益事業が、福祉、教育、芸術等、直接的な受益者がいる場合には、営利事業に支払うほどの負担を求めることはできないにしても(だからこそ公益事業としてそのサービスを提供するのである)、負担可能な限度で負担を求める方が、受益者の自立を促すためにも、サービスの質を高めるためにも、また、公益事業の自律性を高めるためにも、望ましい。これに加えて、公益事業の従事者が、ボランティアとして無償で、あるいは低額の謝礼で事業を遂行する時は、経理計算上剰余金が発生することがある。公益法人の本来事業に課税するか否かの政策は、このような標準的公益法人の剰余金をモデルとして立案すべきである。
一方、標準的公益法人は、本来事業のための資金を得るため、剰余金(収益)を得ることを目的に事業を行うことがある。そのことは、公益事業の自律性確保のため好ましいことである。しかし、収益を目的として行う事業は営利事業と競合するから、課税するのが相当である。ただし、その剰余金を本来の公益事業の資金とする時は、100%のみなし寄附を認めるべきである。営利事業なら損益通算が認められるのであるから、当然と言えよう。
収益事業については、法令上、収益を得ることを目的とする事業というように明確に定義し、寄附行為上その内容を明確にさせることが必要である。
5. 営利事業との競合とはどんな場合か
営利事業と競合するか否かは、「物品販売業」というように、業種では決められない。たとえば、物品販売業では、障害者の製作品の販売、リサイクルのための販売、ホームレス等への食品(低価)販売等もこれに該当するし、「学力の教授」では引きこもり等学校教育で救えない人たちへの教授等が含まれ、「医療保健業」では謝礼金を伴う家事その他の支援等もこれに入り、「運送業」では、謝礼金を伴う身体が不自由な人々の移送も該当する等、営利事業として成り立たない事業が含まれる。営利事業が成り立たない地域における事業や、営利事業が成り立たない利用者を対象とする事業等が多種多様にあって、これらは、すべて業種に含まれる。しかし、業種としては営利事業と同種であっても、営利事業としては成り立たない領域(対象者、地域等)で公益事業を行っているのであるから、営利事業との競合はなく、イコールフッティングを図る必要がない。にもかかわらずこれを収益事業とみなすのは、公益事業に不当に不利益である。その意味では、「基本的考え方」が示唆するように、「対価を得る事業」として包括的に規定したうえで、「現実には競合しない事業」を類型化してはずす規定方式の方が、より実態に即したものとなりうる。ただし、そのはずし方は適切でなければ、不当な結果を招く。少なくとも、
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営利事業の提供するサービスを利用することが困難な者に対し、実費あるいは謝礼金 |
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程度の対価(負担)を求めて、サービスを提供する事業 |
A |
役職員に対し、労働に対する報酬を支払わないこと(謝礼金を支払う場合を含む)に |
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より事業の継続が可能となっている事業 |
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寄附金(対価性のない会費を含む)、補助金、助成金、基金の運用利益等、当該事業 |
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の対価収入以外の収入があることにより事業の継続が可能となっている事業 |
は、課税対象からはずすべきである。実態としても、理論上も、政策的にも、課税されるべきでない類型に当たるからである。
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日本の将来のために重要と考える事項に絞って意見を述べた。今後の検討過程で取り入れられることを切に願っている。
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