政治・経済・社会
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提言 福祉・NPO・ボランティア
更新日:2006年7月12日
福祉における地域通貨の将来

1 福祉の分野における地域通貨の特徴

  地域通貨の分析・研究は、発展途上である。国の通貨(貨幣)の機能分析すらいまだ茫漠としているようだから、当然であろう。そこで、私なりに、地域通貨と呼称されるもののうち、福祉の分野におけるものの特徴を探ってから、その機能と将来の可能性について考えることとする。

(1)地域通貨の定義
  国の通貨は、「強制通用力を有する交換の媒介物」と定義されるのが一般であるが、これにならっていえば、地域通貨は、強制通用力を有しない交換の媒介物ということになる。「強制通用力を有する」という機能を、現象として表現すれば、「何処でも、誰でも、何にでも、支払ないし決済の手段として利用できる」(1989年2月「プリペイド・カード等に関する研究会報告」大蔵省見解)ということになる。大蔵省・財務省は、地域通貨に関する留辺蘂(るべしべ)町(現・北見市)との意見交換などでも、この表現を、「紙幣類似の作用」の説明として用いている。
  地域通貨は、このような作用(地域無限定、使用者無限定、対象無限定)のいずれか、または、すべてを欠く通貨といえよう。(注1)
(2)地域通貨の特徴
  国の通貨と比較するために、その機能を見ると、広義の交換機能(財の価値を評価する単位を定め、売買代金の支払、賃金支払、債権債務関係の決済など、広義の財の交換の手段となる機能)、蓄積機能(お金を貯める機能)、貸与機能(お金を貸す機能)、利子創出機能(貸して利子を生み出す機能)、投資機能(お金を投資する機能)、贈与機能(お金をあげる機能)などがある。本来の機能ではないが、捨てたり焼いたりして財産的価値を無効にする廃棄の機能もある。
  これらの機能を中心に、国の通貨と地域通貨(地域経済活性化型と、相互扶助型に大別する)の特徴をおおざっぱに比較すると、次の表のようになる。

   

  この表は、地域通貨の典型をとらえたものであって、実際に日本で用いられている地域通貨は、地域経済活性化と相互扶助の両方の目的を持つものも少なくない。また、相互扶助だけでなく、環境保護その他の社会貢献を目的とするものもある。
  そのことを前提にして、現在の日本の地域通貨の特徴をひとことでいえば、国の通貨の有する機能の多くを有しておらず、とうてい「紙幣類似の機能」(紙幣類似証券取締法)を持つものではないということである。特に、相互扶助型のものは、そうである。
  ただ、それが国の通貨と互換性を有する時は、その面において国の通貨に代替する機能を第2次的、潜在的に持つことになる。
(3)各種タイプの地域通貨発生の社会的背景
  本誌の他の論稿で述べられると思うので、福祉分野の地域通貨との異同を概観する限度で、略記する。
  インフレ対応型地域通貨
  地域通貨が世界各地で活用されたのは、大恐慌後の1930年代のようで、アメリカはもちろん、カナダやヨーロッパの国々でも発生した。
  これらは、インフレから地域の経済と人々を守るための地域通貨であるから、信用を失った国に代わって国以外の機関が地域通貨を発行し、その地域なりその対象とする財について、これを用いることにより、交換価格の不当な下落を防ぎ、労働を含む財の価値を守ろうとするものである。したがって、発行者こそ国ではないものの、この類型の地域通貨は、国の通貨と同じ機能を持つことが必要であった。
  そこで、国が信用を回復し、インフレが収束するにつれ、地域通貨はその存在意義を失っていき、国の経済統制力を全うするために廃止される運命をたどった。現在、残っているこの類型の地域通貨は、スイスのWIRくらいであろう。
  しかし、新たに発生したこの類型の地域通貨もある。2001年におけるアルゼンチンの経済破綻後に同国で 飛躍的に広がったRGTである。タイの通貨危機後、同国でもビア・クッチュムが発生したが、現在の日本では、そのニーズはない。
  インフレ対応だけでなく、国の通貨の欠点を是正するための地域通貨の提唱も、有力になされている。
  国の通貨には、2つの重大な欠陥がある。
  1つは、金本位制をすべての国の通貨が放棄したために、通貨は寄る辺を失い、漂流することとなったことである。もう1つは、貨幣の価値蓄積機能と利子創出機能が相まって、圧倒的な資本の優位性を生み出し、生産のために真面目に働く人々の労働意欲を減殺することである。
  前者の現象を憂うバーナード・リエター氏は、金でなく穀物を担保とする貨幣の発行を提唱した。しかし、これは、言うは易く行うにはすさまじい障害のある提案である。
  後者の現象を憂う人々は、マイナスの利子を付することを提唱した。日本の地域通貨に大いなる影響を及ぼした「エンデの遺言」は、国の通貨のこの欠点(非人間性)を正そうとするものであるし、ケインズも共感しているゲゼルの提言も、国の通貨のこの欠点を正そうとするものである。
  これらの提言は、大恐慌時に発生した地域通貨と同じく、国の通貨の弱点を克服する地域通貨を創り出そうとするものであるが、残念ながら、そのような地域通貨を創り出そうとする試みは成功していない。ただ、村山和彦氏が主催するピーナツなどいくつかの地域経済活性化型の地域通貨において、マイナスの利子が採用されている。しかし、それらのマイナスの利子を付する措置は、国の通貨の欠点を正してこれに代わる役割を果たすというよりは、地域通貨の利用を活性化する効果を上げているため採用されているように見受けられる。
  相互扶助型地域通貨
  大阪の篤志家水島照子さんがボランティア労力銀行を始めたのは、1970年代前半である。出産その他の非常時にお互いに助け合おうという発想で始めた彼女の活動の仕組みは、時間を単位とする労力の交換(提供したボランティア労力に対する、時間を単位とする地域通貨の支払と、その地域通貨を使って必要とするボランティア労力の提供を受ける仕組み)であった。この発想は彼女のオリジナリティであったらしく、アメリカのメディアにも取り上げられ、彼女は、海外の賞も受賞している。
  80年代早々に、ボランティア労力銀行の発想に啓発されて、時間預託制度が誕生した。その先駆者は、生協系統のくらしのお手伝い協会で「時間預託」を始めた服部正見氏と、香川県で「タイムストック」を始めた兼間道子さんであろう。
  おおむね同じ頃、アメリカでは、エドガー・カーン博士が提唱する地域通貨「タイムダラー」がスタートしていた。前後して、カナダで発生したLETSも、福祉面での役割も果たしながら、ヨーロッパ諸国へと広がっていった。
  それぞれが偶発的に、しかし全体として見ると先進諸国における1つの流れのように相互扶助型の地域通貨が生まれはじめた背景には、資本主義諸国における公助の限界が見えた結果、人々が共助の活動に参加しはじめたという社会の動きがあるように思われる。
  ヨーロッパ諸国や日本では、公助の拡大が財政面で限界に近づくと共に、社会民主主義的な厚い資源分配が、人々の勤労意欲を低下させ、経済活動活性化のためのエネルギーが不十分となるという現象が生じてきた。そのため先進諸国は、程度の差はあれ、手厚い福祉政策を転換し、国民に自助努力をより強く求めるようになった。一方、先進諸国では、資本主義経済の発展により、経済至上主義の風潮が社会を覆い、コミュニティにおける人々のつながりが失われて孤立化が進んだ。
  そのため、自助努力によりそれぞれの抱える福祉的課題の解決を求められることになった人々は、自助努力だけでは対応できない事態に立ち至った時、まず、仲間との共助によって、これを解決しようとしはじめた。その際、一旦切れてしまった人々とのつながりを復活させ、共助を実現するための手段の1つとして着目されたのが、相互扶助型の地域通貨だったのである。
  地域経済活性化型地域通貨
  LETSに続いて80年代後半から90年代にかけて世界各地に地域経済活性化型地域通貨が生まれた。アメリカのイサカアワーズ、カナダのトロントダラー、ドイツの交換リング、フランスのSEL、メキシコのトラロックなどである。日本でも、ピーナツはじめ100を超える地域通貨が、地元経済の活性化のために、全国各地で花開いた。加藤敏春氏が提唱する「エコマネー」も、複合的な目的を掲げて90年代後半に誕生する。
  この時期に、地域経済活性化型の地域通貨が各地で生まれた理由は、経済のグローバル化が生み出す、大資本による地方経済の支配に対する抵抗である。
  地方の経済が大資本に組み込まれていく中で、地元の産業や商業を守るためには、割引その他の経済的手段だけでは難しい。
  そこで、地域経済活性化型地域通貨は、インフレ対応型地域通貨と異なり、地域への人々の愛着を強めるためのさまざまな目的を、地域経済活性化と併せて持つものが多い。ピーナツが、これを使う時お互いに「アミーゴ!」と声をかけあうというきまりにしているのは、地域の人々の精神的結び付きを深める目的を端的に表す工夫である。その他、地域の人々に対する福祉サービスあるいは相互扶助を組み合わせたり、地域の環境を保全・美化するボランティア活動を組み合わせたり、地域で不用品を再生、循環させる活動を組み合わせたりしている。地域経済活性化を図ろうという気持ち(つまり、そのための地域通貨を使おうというインセンティブ)は、地域通貨がもたらす経済的利益だけでは生まれず、地域と地域に住む人々を愛する気持ちがあってはじめて生じてくるものだからである。
  このように、地域経済活性化型地域通貨がそれ以外の目的をも併せ実現しようとするその経験から、やがて、それ以外の目的、つまり環境とかボランティア活動の普及などだけを目的とする地域通貨も生まれるようになっている。

2 福祉分野の地域通貨の消長

(1)ボランティア労力銀行
  相互扶助型の地域通貨として、世界の嚆矢であったかもしれないボランティア労力銀行は、広く日常生活を営むうえで必要とされるサービスや、出産、入院など非常事態に対応するためのサービスなどを、時間を単位に交換しようというものであって(媒体は本部発行の切符)、現在のレベルでいえば、タイムダラーや時間通貨の類型に属する。
  地域における助け合いがすたれていく社会にあって、家事を担っていた女性層にアピールし、一時は全国規模で活動が行われていたが、90年代、主催者の水島照子さんが亡くなられると、勢いを失い、時間預託型のものに改められた。
(2)時間預託
  前述のとおり、時間預託は、70年代後半に芽生えた仕組みで、介護や家事援助などの福祉サービスを提供する団体(草の根のNPOや社会福祉協議会、生協など)に属する会員が、他の会員のためこれらのサービスを提供すると、その提供した時間をその団体に預けておき、将来自分あるいは家族がそれらのサービスを必要とする時には、預けた時間を使って、その分のサービスを他の会員から受けるというのが基本型である。
  はじめの頃は、時間貯蓄、点数預託、労力預託、タイムストックなど、さまざまな呼び名があったが、私は、ふれあい切符と愛称を付した。90年代中頃に、時間預託という普通名詞が一般化している。
  この仕組みは、サービスとサービスを、時間を単位として交換するものであるから、まぎれもなく地域通貨であり、相互扶助型地域通貨の1つの典型であるが、他の地域通貨に比べて2つの特徴がある。
  1つは、実体としていわゆる有償ボランティアと一体化した仕組みになっていることであり、もう1つは、サービスとサービスの交換が、他の地域通貨の場合は比較的近接した時点で行われるのに対し、時間預託の場合は、サービス提供者が介護などを必要とする状況になるという、相当遠い将来の時点で行われる(あるいは、必要性が生ぜず、預けたままで終わってしまう)ということである。私は、この特徴をとらえ、時間預託を、縦型時間通貨と呼んでいる。
  後者の特徴についてはこれ以上の説明は不要であろうが、前者について述べておきたい。
  70年代後半から、高齢化の進展と家族の介護力の退化が公的福祉サービス(公助)へのニーズを増加させた。これに対応しきれない行政は、社会福祉協議会を指導して、いわゆる在宅福祉サービス(軽介護や家事援助など)を提供させることにより、ニーズに応えようとし、そのマンパワーを主婦層のボランティアに求めた。ただ、まったくの無償では、継続的に家事援助などの活動を求めるのは、難しい。一方、サービスを求める方も、家政婦に支払うような報酬を支払うのは難しいが、1時間数百円から千円程度の謝礼金を支払うのはほとんどの人が可能であり、また、支払った方が対等の立場でサービスを求めることができるので、好ましい。
  そのような事情から、いわゆる有償ボランティアが生まれ、広がったのであるが、参加した多くの人々は、謝礼が目的ではなく、困っている人々の助けになりたいという熱い気持ちであった。特にそういう気持ちの強い人は、謝礼金を受け取ることに抵抗感を覚えた。そういう人たちはかなりの数に達したが、そういう人たちも、自分がしたサービスと互酬の関係で将来自分にサービスしてもらえれば安心だという気持ちを持っていた。この気持ちを形にしたのが時間預託である。ただ、サービスを受ける方は、相手が謝礼を受け取る人であろうと時間預託をする人であろうと、定められた謝礼金を支払う方がサービスを受け易い。また、仕組みの運営もしやすい。そこで運営団体は、時間預託に対応する謝礼金を預託者のために預かっておき、将来サービスを提供する時の謝礼金に充てる資金にすることとした。そして、預託者が退会する時は、その預託した時間に見合う謝礼金分を支払うことにした。
  このように、時間預託は、有償ボランティアと双子の関係で生まれたため、時間を単位とする地域通貨であるにもかかわらず、国の貨幣との互換性を持つこととなったのである。
  時間預託は、高齢化の進展に対応する有償ボランティア活動の伸長に比例して普及した。
私がボランティアの世界に飛び込んだ翌年1992年に、全国で時間預託を行っている人々に呼びかけてボランティア切符研究会を開催した頃、時間預託を主催している団体は、全国に140ほどであった。市民が草の根でつくるボランティア団体(当時NPO法はまだ出来ていなかった)のほか、社会福祉協議会、生協、福祉公社などが、行政のいう「住民参加型在宅福祉サービス」を行っており、その合計が約470団体であったが、その3分の1弱が時間預託を謝礼金と併用して採用していたのである。
  厚生省もその年、時間貯蓄制度に関する研究会をスタートさせ、翌年、中央社会福祉審議会は、時間預託を含む有償ボランティアの社会的意義を是認する意見を具申している。
  福祉の責任を有する行政当局にとっては、生存権保障型の福祉行政では手の及ばないミドルクラス以上の層の間でも福祉の需要が満たされ、財政支出はなく、自発的にサービスを提供する側もこれを受ける側も満足しているのであるから、これを推奨するのは当然であろう。
  時間預託はその頃からかなりの勢いで広がりはじめ、90年代後半には約400に増えた。(注2)
  しかし、その頃から頭打ち傾向となり、これまでおおむね400弱の数字で推移している(さわやか福祉財団調べで、06年5月時点で387団体。なお、分母であるいわゆる有償ボランティア団体は、2,766)。
  時間預託が頭打ちになった理由は、2000年に導入された介護保険制度が相当程度に時間預託者の有していた将来への不安を消したため、時間預託にするインセンティブがかなり失われたことにある。
  ボランティアとしていわゆる在宅福祉サービスを行ってきた人々のうち、専門的技術を身に付けた人々の一部は、報酬を得て介護保険の枠内サービスを行うようになった。残った人々は、介護保険制度では提供できない精神的な交流を核とするサービス(ふれあいボランティア)を提供しているが、介護保険が身体介護及び生活に関する基礎的サービスを提供してくれているため、福祉分野のボランティアは次第に精神性の強いものに変質しはじめた。従来型の家事援助を中核とする有償ボランティアが、居場所に集う子どもを含むさまざまな人々と交わるふれあい交流型や、高齢者に限らず、お互いに助けを要する時に助け合う近隣助け合い型などに多様化しているのである。
  その変化につれ、時間預託に代わって、いろいろな人がお互いのサービスを交換しあう手段としての横型の地域通貨が伸びはじめた。これらの通貨は、その性質上すべて時間を単位としているため、私たちは、時間通貨と呼んでいる。もっぱら時間を単位とし、国の貨幣とかかわりを持たず、国の貨幣により評価される財の価値ともかかわりを持たず、お互いの助け合いを容易にし、広めるための通貨である。私たちが時間通貨として呼びかけてから、さわやか福祉財団の時間通貨リーダー鶴山芳子さんの努力により、03年から05年にかけ、37が誕生した。このほか、元祖時間通貨といえる日本版タイムダラーがあり、これは日本への導入者ヘロン久保田雅子さんがおられる愛媛を中心に、14が活躍を続けている。
  94年にスタートしたNALCの時間預託は、旧時間預託に時間通貨の要素をミックスしたものであるが、高畑敬一会長の指導で拡大し、全国115ヶ所で行われている。

3 地域通貨の将来

  福祉分野における地域通貨の2類型のうち時間預託(ふれあい切符)の将来は、2つの要素にかかっていると思われる。
  一つは、いわゆる有償ボランティアの発展可能性である。
  私は、中・長期的に見れば、福祉の分野に止まらずかなり広範な分野で、有償ボランティアは今後展開されると予測している。その理由は、今後人々のニーズが多様化、複雑化するにつれ、それを満たす手段も多様化、複雑化し、ニーズを満たす仕組みが、営利事業のサービス・公共のサービス・ボランティア等の無償のサービスの3種に限定されず、それぞれの中間(灰色)領域に属するサービス提供の形態が出現、発展すると考えられるからである。現に行われはじめているPFIは、営利事業等と公共事業との中間形態であるし、コミュニティビジネスはボランティアと営利事業の中間(営利事業寄り)に位置する事業である。同じ領域にありながらボランティア寄りに位置するのが有償ボランティアであるといえよう。
  そのように位置付けて世の中の流れを見れば、中・長期的に、有償ボランティアと双子の関係にある時間預託も活性化する可能性がある。
  もう一つの要素は、短期的な見通しである。今回の介護保険制度の修正により、要支援及び要介護Tのかなりの部分が、介護予防に切り換えられ、家事援助が家事指導に変わった。そのため、家事指導だけでは生活できない人々の、介護保険枠外の家事援助サービスに対する需要が再び生じてくる可能性がある。それが、有償ボランティアに対するニーズとなり、時間預託の再生につながることが予測される。介護保険制度実施以前から行われている時間預託併用型有償ボランティアのうちのかなりの団体が、今なお同じ仕組みを維持しているのは、現場においてもそういう事態になる予感があり、撤退に踏み切れないでいる面もあるように観察される。
  もう一つの類型である時間通貨は、これからの日本社会があたたかい共生の仕組みを求めることは明らかであるから、着実に普及していくと予測される。現に、子どもたちが、地域における人間関係を求めてこれを使う動きも出芽している。ただ、時間通貨は、近隣の人に対してすら「助けて」と言えない人々に対し、その申し出を容易にできるようにする道具である。それゆえ、その目的を達し、近隣の人々が時間通貨なしに相当な程度まで助け合うようになれば、この道具は不必要になる。実際、時間通貨を使いはじめて何年かで、これを必要としないほどに近隣の助け合いの環ができ、自然に使われなくなって廃止された時間通貨も存する。したがって、この地域通貨が維持されることが好ましいことだとは言い切れないのである。

  経済活性化型の地域通貨の将来については論じないが、長期的に見れば、地方分権を推進し地域社会を活性化することは、日本の大きな課題であり、紆余曲折はあるにせよ、その方向に進むであろう。
その際、地域全体の活性化のための手段として、このタイプの地域通貨は、かなり有効であると考える。発展の鍵は、地域への愛情をいかに取り戻すかにあり、地域通貨が、地域の経済だけでなく包括的、複合的に地域愛を喚起する仕組みをつくることが、その活用につながるであろう。

注1)
  本文で述べたような消極的定義(国の通貨の要件を欠く交換の媒介物)では、商品券やプリペイドカード等もこれに含まれることとなるが、これは地域通貨のイメージに合わないこととなる。
  しかしながら、地域通貨、特に地域経済活性化を目的とする地域通貨と、商品券やプリペイドカードとを、法律的定義として成り立つ程度に厳密に区別することは、結構難しい。特に、貨幣と互換性のある地域通貨との区別は、そうである。
  そのため、地域通貨に対しても、「貨幣類似証券取締法」や「前払式証票の規制等する法律」の適用がありうるという財務省等の見解が、一般に受け入れられることになる。だから、地域通貨特区が設けられたりするのである。
  私は、この見解及び実務は、おかしいと思う。
  本稿は、地域通貨に関する法律的問題を論じるものではないが、地域通貨をその機能と単位、国家通貨との互換性などを基準にして類型化すれば、自ずから関係法令の適用の有無が明らかになる筈であるから、詰めの作業がなされなければならない。その過程で、商品券やプリペイドカード等と地域通貨との異同も明らかにされるであろう。
  たとえば、わがさわやか福祉財団が普及に努めている、相互扶助を目的とする時間単位の地域通貨(私どもは「時間通貨」と呼称している)は、上記2法はじめ、他のいかなる法令の適用もありえない、完全に規制フリーな地域通貨である。
注2)
  いわゆる有償ボランティアについては、ボランティアは全くの無償で行うものだとアプリオリに信じているボランティアの人々から、有償ボランティアや時間預託はボランティアではないという主張がなされ、各地で有償ボランティアや時間預託の人々との論争が繰り広げられた。90年代初めの頃である。「相手の方の気持ちを考えるから謝礼を受け取ってるのよ。稼ぐ気なら、もっともっと稼げるところで働きます。私たちが、相手の方を見かねて尽くしている気持ちをわかってくれないのですか」という悲痛な声の反論をあちこちで聞いた。
  私は、ボランティアか否かは、法的、社会的に考えて、そのサービスが労働に対する報酬を得て、労働として提供されているか否かによって区分されると主張した。労働の場合は、労働基準法や職業安定法等、労働保護あるいは職業規制のための諸法令が適用されるし、労働でない場合は、たとえ謝礼を伴っても、これらの法令は適用されない。経済的、社会的には、労働の提供は資本の論理によって行われるし、労働でないサービスの提供(ボランティア活動や家庭内のサービス等)は、愛情の論理によって行われる。有償ボランティアも、その有償性が謝礼に止まり、労働報酬と認められない時は、ボランティアである。
  この見解に基づき、私は関係ボランティア団体に、謝礼金を定める時は最低賃金以下とするよう指導した。
  福祉畑のボランティアたちは、本文に記した厚生省の見解もあり、おおむね有償ボランティアをボランティアと認めるようになったが、家政婦協会などが、地元の職業安定所などに、職業安定法違反などで有償ボランティア団体を告発した。
  さわやか福祉財団は、95年、労働省職業安定局雇用政策課などと意見交換を重ね、同課は、同年11月30日、「謝礼金が当該地域の介護又は家事援助労働者の賃金の平均的相場又は非常勤の公的ホームヘルパーの時給のいずれか低いものの5分の4未満である」時は、有償ボランティアのあっせんは有料職業紹介事業に当たらないとの見解を固めた。この通達案は、介護保険制度が本格化したため、新しい事態を見て決めたいということで発出を控えられたが、地域の職業安定所などにはこのラインで指導が行われたため、問題はおさまった。
  01年になって、松戸税務署が、米山孝平氏が主催する流山ユー・アイ ネットに対し、いわゆる有償ボランティア及び時間預託による剰余金について法人税を課税した。私はボランティアで代理人となって千葉地方裁判所に取消訴訟を起こしたが敗訴し、東京高等裁判所も、04年9月8日、控訴を棄却した(確定)。
  ただ、両判決とも、流山ユー・アイ ネットの有償ボランティア活動を、ボランティアであると認めた点では評価できる。しかし、事業は、税法に定める「請負業」に該当すると認定し、時間預託について、私たちは、その実態は自然債務だと主張したが、裁判所は運営細則の文言を形式的に解して、債権性があると解した。
  この経験に鑑み、さわやか福祉財団は、関係有償ボランティア団体に対し、時間預託と有償ボランティアを切り離すようアドバイスすると共に、有償ボランティアにおける謝礼金も、支払うか否か及び額を任意にするようアドバイスした。多くの団体が、そのラインで運営を改めている。

主な参考文献
〔時間預託・時間通貨関係〕
・堀田力『再びの生きがい』 1993年、講談社(その後同社文庫)
・田中尚輝『市民社会のボランティア−ふれあい切符の将来』 1996年、丸善
・さわやか福祉財団『ふれあい・支え合いのきっかけづくり@“時間”通貨をはじめよう』
             『同A時間通貨マニュアル』2002年、さわやか福祉財団
・さわやか福祉財団情報誌『さぁ、言おう』収録論稿
    「エドガー・カーン、堀田力対談」1995年1月号
堀田力「ふれあい切符と地域通貨」2000年7月号
同「時間通貨をすすめよう!縦型・横型のドッキング」2001年11月号
同財団編集部「こんな地域通貨はどうですか?助け合いも地域振興もまるごと“フジ通貨”で」2003年1月号
同財団編集部「時代が変わる、社会が変わる、地域通貨で変わる」005年5月号
〔タイムダラー関係〕
・さわやか福祉財団『タイムダラーマニュアル(訳本)』
     Systems and Procedures Manual
     The How to Do It Manual 1993 同財団。エドガー・カーン著 
・エドガー・カーン著、ヘロン久保田雅子・茂木愛一郎訳『この世の中に役に立たないひとはいない−信頼の地域通貨タイムダラーの挑戦』2002年、創風社出版
・デイヴィッド・ボイル著、松藤留美子訳『マネーの正体―地域通貨というアイディアが目指すもの」2002年、集英社

((財)東京市政調査会発行「都市問題」第97巻・第7号/2006年7号掲載) 
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