更新日:2010年12月9日
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青い日本海にひそむ暗さ |
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「すがるような思いで、伊庭(いば)はじっと耳を澄ました。ド、ド、ド、ザ、ザァと寄せる静かな波の音が、彼の耳に應(こた)えた。
涙が溢れた。誰も居ない濱邊(はまべ)で、伊庭は、仰向(あおむ)いたまま慟哭(どうこく)した。」
このセンチメンタルな文章は、私が高校1年生の時、高校の文芸誌に発表した小説「灯(ともしび)の歌」の結びに出てくる。
京都から疎開してきた都会の少女が京都へ帰っていく夜汽車を、一人浜辺で見送るシーンである。
頭に描いていた場所は、小学5年生の時疎開していた浜坂(現「新温泉町」)とその隣町諸寄(もろよせ)の間の浜辺である。
疎開中は、祖父に連れられて、よく諸寄の海に泳ぎに行った。貧乏な叔父に預かってもらっているという遠慮がちな気分から解放され、自然に包まれるひとときであった。
日本海に心を惹かれる。
小学1年生まで育った町は京都府の宮津町(現在は市)である。
4歳の時、生母が死んだ。
生母は島根県の山奥にある実家で死んだので、私は、親せきの男性に連れられ、山陰線を西に向かった。
山陰線の列車から、時々、日本海が見える。
見えたと思ったら、アッという間にトンネルに入ってしまう。しかし、一瞬見えた海の、青い色にひそむ暗さが、心に残る。
生母が死んだあと、私は、宮津の漁港のふちにしゃがんで、じっと海を見ているくせがついた。
父や義母と離れて浜坂に疎開していた時も、浜坂の漁港に一人出て、海を見ていた。
浜坂の海は、早坂暁氏の名作『夢千代日記』で、薄幸の芸者夢千代の恋人である青年が、漁に出て死んだ海である。小さな漁船をのみ込んで、暗く、青く広がっている日本海。
私も、その海に散骨してもらうと決めている。 |
(読売新聞日曜版「心の風景」2010年11月28日掲載) |
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