政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会
更新日:2008年2月14日

検察の正義とは何か
検察権の行使が正しいかどうかは、国民の納得が得られるかどうかである

取り締まりの必要性は時代とともに変わる

  論点は、検察権の行使は正しく行われているか、ということである。
  このような問題が提起される背景には、ここ数年、ライブドア事件、村上ファンド事件その他いくつかの事件に関し、国策捜査(※1)だという言い方でその取り締まりが非難されたという事情がある。
  その背景からすれば、ここでいう「正しさ」の基準は、法的に正しいかどうかではなく、適法であることは当然として、その上に「おおかたの国民の納得が得られるかどうか」ということであろう。そして、国民の納得が得られるかどうかは、その取り締りに客観的な必要性があり、かつ、それが公平に行われているかどうかにかかっているといえよう。
  犯罪取り締まりの必要性は、時代の進展に応じて変化する。
  殺人や窃盗などのいわゆる自然犯(※2)は、基本的には変化しないが、いわゆる行政犯(※3)、とりわけ経済に関する行政犯は、経済情勢の変転につれて、取り締まりの必要性が変化していく。それに伴って、従来あまり取り締まられることのなかった類型の犯罪が取り締まられるようになると、取り締まられる側の人たちや、取り締まりそのものに反感を持つ人たちが、必要性がないとか不公平だとか、狙い打ちだなどと異を唱える。
  問題は、それまでは自由にさせていたということにあるのではなく、取り締まりを必要とする新たな情勢の変化があったかである。
 
事前規制から事後規制へ、ルールが変わった


  変化が著しい例として、談合罪(※4)をとりあげてみよう。
  公共工事に関する談合罪が刑法に追加されたのは、統制経済が強まりつつあった戦時中の1941年(昭和16年)であるが、もともと談合自体は各業界で一般的に行われていたこともあって、議会審議の過程で、「公正な価格を害する目的」を要件に追加するなど、取り締まりを難しくするように条文が修正された。
  戦後はアメリカ連邦法を範としていわゆる独禁法が制定され、談合全般が処罰対象となったが、その処罰は公正取引委員会の告発を待つこととされたため、公共工事に関する談合についても、警察や検察が、直接これを取り締まるということはなかった。
  それは、実態として公共工事に関する談合がなかったということではなく、公共工事については、実施主体の首長が“天の声”を出して落札者を決めるという実務が常態として行われていたし、検察にも、折にふれてその情報は入っていた。
  しかし、明示的な指示があったわけではないが、検察は動かなかった。
  時代は、日本経済の発展による国民の経済生活のレベルアップが至上命題であった段階で、それを官主導で強力に進めていた。地方では、レベルアップの有力な手段が公共工事だったから、これをその地方の官が仕切って円満な経済力の向上を図ることも、時の至上命題に沿うことであった。これを、談合の取り締まりによって阻害することは、トータルとして国民の利益に反することになるから、検察は介入する意欲がわかなかったのである。
  しかし、昭和から平成に移る頃から、官から民への構造改革が求められる時代に入った。民の活力を引き出すため、官主導の武器であった行政規制を廃止。民が自由競争において守るべきルールを定め、その違反者を事後に処罰することによって競争の公正を確保する方向に、大きく舵が切られた。
  地方に利益を分配する手段としての公共工事は、縮減の方向が確定し、必要最小限の公共工事を可能なかぎり少ない財政負担で行うことが、国民にとって最大の利益となった。
  そういう時代の要請の変化に応じて、事後のルール違反の取り締まりの必要性が格段に高まり、これに応じて公正取引委員会の権限及び体制が強化され、検察も、積極的に談合罪の取り締まりを行うようになったのである。

「他にもある」は摘発しない理由にならない

  ライブドア事件や村上ファンド事件で問われている証券取引法違反についても、その取り締まりの必要性が高まった背景は、基本的には談合罪の場合と同じである。それに加えて、証券については、グローバル化の波を受けて、その取引形態がいっきょに複雑かつインターナショナルになるとともに、仕組みの解放によって取引そのものがいっきょに大衆化したことが大きい。一般大衆を守るために、官や証券取引所などが事前チェックを行うことが難しくなった。
  そこで、虚偽事項の公表や、取引のルールに反する行為を厳重に処罰することにより、公正な取引を確保するほかない事態となったのである。
  ただ、取り締まりの必要性が高まったからといって、それが不公平であっては、当事者はもちろん、国民も疑問を抱くであろう。検察の確立した標語は、「厳正公平不偏不党」であるが、公平はすべての犯罪取り締まりについて必要とされる検察権行使の要件である。
  その「公平」というのは、国民の視点からみて、取り締まりに非合理的な差別があってはならないという意味である。
  たとえば、野党議員の100万円の選挙買収は起訴したが、与党議員の同規模の買収は、他に特段の事情がないのに、不起訴にするというような場合である。
  犯人の立場からすれば不公平と感じる事例はたくさんあるだろう。軽いところでは、交通取り締まりにひっかかるのは不運というしかない実情だし、新しい取締法ができたときなどは、一罰百戒で(※5)一般国民の自戒を促すため重罰を課され、派手に報道されたりもする。本人は悔しいに違いないが、国民一般からすれば、処罰されても文句の言えないことをしたのだから仕方がないだろうということになる。
  全ての犯罪をもれなく摘発することはできないという冷厳な事実があり、取り締まり体制もその前提で組まれている。だから、一般に取り締まらない慣行が固まっている中で、特定の人物をとくにねらって検挙するのは不公平であるが、一般に取り締まられて当然の犯罪について検挙された場合、他に罪を逃れている人が多いから不公平だと主張しても、免罪符を得ることはできないということになる。
  私が汚職や経済事犯の捜査をした体験(※6)からしても、事件の端緒や決め手の証拠は偶然が重なって得られることが多い。他にもこれ以上の規模の汚職や経済事犯があるに違いないと思うものの、それは神のみぞ知ることであり、そうした可能性があるからといって、目前の事件の摘発を控えるなどということは、国民に許されるはずもない。「他にもある」というなら、その情報を提供してくれというのが摘発する側の思いであり、それは国民にも支持される考えだと信じている。

誤解を恐れずに処罰すべきは処罰する

  私は、これまで述べた考え方に立って、検察権の行使に対する一部の非難はおおむね誤解だと考えているが、誤解を生じさせるもうひとつの事情がある。それは、特定の人物、特に社会的地位の高い人物の摘発は、大抵の場合、その人物と利益が反する立場にある人物を、結果として利するということである。
  私も国や地方の議員を逮捕したとき、しばしば「検事は○○(反対政党)の犬だろう」とか「おれが○○(官庁)に逆らったからやったんだろう」などとののしられた。驚愕の誤解が多いが、犯罪情報の提供者が、私的な理由で相手の失脚を狙っていることも少なくない。
  だからといって、容疑のある犯罪が処罰すべきものである以上は、これを摘発して処罰せよというのが国民感情であり、したがってそれは正しい検察権の行使ということになる。
  狙い打ちされたことを理由に、その摘発が不公平だと主張するのは、当を得ないのである。

   
文藝春秋「日本の論点2008」掲載

<文藝春秋社による補注>
※1 国策捜査
国策捜査とは、検察が国家の意図に沿って捜査を進めること。この言葉は、鈴木宗男衆議院議員の収賄容疑に関連して逮捕された佐藤優氏(起訴休職外務事務官)の著書『国家の罠』(新潮社)で一躍有名になった。佐藤氏を取り調べた特捜検事が「これは国策捜査。あなたが捕まった理由はあなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため」(同書)でと言い放ったという。
※2 自然犯
殺人、強盗、放火、強姦などその行為自体が社会的、道徳的に悪とされる犯罪を指す。刑法に規定されている犯罪の多くは自然犯。刑事犯とも呼ばれる。
※3 行政犯
「行政上の目的のために定められた法律」に違反する犯罪のこと。例えば、人通りの全くない路上に違法駐車する場合など、その行為自体には、反社会性や反道徳性はないが、道路交通法などの法律があるために違反となるような犯罪のこと。法定犯とも呼ばれる。
※4 談合罪
刑法第九六条の三は、「一、偽計又は威力を用いて、公の競売又は入札の公正を害すべき行為をした者は、二年以下の懲役又は二五〇万円以下の罰金に処する。二、公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で談合した者も、前項と同様とする」として、不当な経済的利益を得る目的で談合したものを罰することを定めている。談合で決めた内容に従わなかった場合でも、話し合いに参加したとみなされると、同法が適用される。
※5 一罰百戒
罪を犯した一人を罰することにより、ほかの多くの人の戒めとすること。堀田氏はインターネット新聞「JanJan」に掲載中の「堀田力のズバリ直言」というコラムの中で、06年に官製談合問題で相次いで逮捕された知事3人に関して、<一罰百戒的な効果も必要だ。つまり(談合が)非常にはびこっているから、知事でも(捜査・摘発を)きちんとやるのだと示す>ことが<地方に対する一罰百戒的効果が大きいのではないかと思う>と述べている。
※6 汚職や経済事犯の捜査経験
検察庁は、警察に加えての第二次捜査機関としての機能に加え、政治家や官僚による汚職事件、高度な知識を必要とする企業犯罪や多額の脱税事件については自ら捜査を行うことがある。東京、大阪、名古屋の検察庁には特別捜査部(特捜部)が設置され、堀田氏はロッキード事件、ダグラス・グラマン事件、リクルート事件、撚糸工連事件、ゼネコン汚職事件、インサイダー取引事件などを摘発してきた。

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 [日付は更新日]
2008年1月8日 二大政党制への選択肢を
2007年11月29日 日本が目指す社会
2007年10月4日 子育ち支援
2007年9月4日 労働法制と非正規雇用
2007年8月29日 被告人の嘘を放認して良いのか
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