更新日:2010年12月8日
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認知症者のケア
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最後まで尊厳を支えるケアを実現するための究極の介護として、24時間地域巡回型訪問サービスの姿が、かなり見えてきた。これが実現すれば、食事も自分でとれず、トイレにもいけない状態になっても、一人で自宅で過ごすことを可能とする基盤ができる。
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しかし、それが難しいタイプの人もいる。認知症で特別な症状が出ているため、常時介助者が付いていなければならない人である。
せん妄の症状があって不安で絶えずナースコールを押す人、徘徊癖のある人、ナースコールを押すのに必要な認知能力のない人がそうである。
しかし、せん妄の症状は医学的管理によって、また、不安は環境の整備によって、状態を落ち着かせることが可能であろう。人によっては、テレビ電話による対応で治まるであろう。
徘徊癖については、地域の出番である。
車のナビは急激に普及したが、徘徊癖のある認知症者の所在を、ナビの仕組みで系統的に把握するシステムを作るのは、難しいこととは思わない。
地域で徘徊者に対応する訓練も、大牟田市を先駆者として、発展しつつある。
地域の協力で認知症者の運動・徘徊の欲求を十分に満たせば、予測できない徘徊は相当減らすことができるかもしれない。認知症サポーターなどの系統的支援活動を実用化する運動が必要である。
認知能力が失われて随時訪問のニーズを伝えられない人は、一人暮らしは危険に過ぎるであろう。ただ、テレビ電話で対応できるタイプの人はいるであろう。
このように、認知症者については、認知能力のある人に比べ、特別な対応を必要とする人が少なからずいる。そして、特別な対応は介護保険のサービスに含まれていないため、特別な対応を必要とする状態になった時は、家族が多大な負担が押しつけられるか、精神病院や 施設に閉じ込めるか、いずれにしても非人間的な状態に至ることが多い。
医療、介護、地域のインフォーマルサービス提供者、地域住民、行政などが連携して、どんな認知症者にも対応できる仕組みをつくる時が来ている。そして、本人の意思を代理する者として、成年後見人(実質的には、市民後見人)が認知症者に付き、サービスのネットワークの中核に入らなければならない。
なすべきことは、余りに多い。
しかし、頑張って、認知症者を含むすべての人の尊厳ある暮らしを実現しない限り、その社会に住む人は不安を抱えて生きることになる。 |
(『さぁ、言おう』2010年12月号)
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