がんの告知を受けた時は頭が真っ白になる。
Hさんの場合もそうだった。沈み込み、無口になり、やがて話すようになると、妻にぼやいた。
先の見えない暗さから、Hさんを救ったのは、ギターである。「40年ぶりだけど、やってみようかな」。楽譜をみてつまびくうち、若い頃バンドをやっていた時の感覚が戻ってきた。一緒に練習する仲間が増えていって、コンサートをやろうという話になり、そのPRビラが出来た。「大げさなことになったよな」と照れるHさん。しかし、その顔には精気が満ちている。
そのビデオからにじみ出ているHさんの生きる喜びを感じ取られたのであろう、国立がん研究センター研究所で基礎研究をしておられる上園保仁さんが言われた。「こういう姿こそ皆に伝えたいですね」
そう、がんに取りつかれた人にも、当然、いきがいが必要なのである。
私のボランティア仲間である島津禮子さん(横浜市の「ふれあいドリーム」等の創始者)はがん治療の第3ステージで、副作用による無気力が嫌で治療をやめ、ボランティア活動のリーダーに復帰した。以来2年以上いきいきと講演などに出かけておられる。眼がキラキラとして美しい。
仲間との絆の中で自分の能力を生かすことこそがいきがいであり、このことはがん患者に限らず、要介護者も障がい者も認知症者も、同じである。
Hさんのビデオを見たのは、元NHKアナウンサーの町永俊雄さんらが起ち上げたNPO「わたしのがんnet」の関係者だが、その一人、精神腫瘍医の大西秀樹さんが教えてくれた。「精神的打撃からいきがいをみつけて立ち直るのをPTG(トラウマ後の成長)と言うんです」
町永さんは「でも、打ちひしがれている人に成長をうながすのは辛いですね」
私は言った。「その段階では、仲間が本人の話を聞くことが大切ですね」
人は生きがいを取り戻す前の辛い段階から、仲間が要るのだと思う。
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