政治・経済・社会
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提言 政治・経済・社会

更新日:2011年7月28日

放射能リスクへの対応
 福島市で長くボランティア活動を続けてきている仲間が訴える。
 「子どもたちがかわいそうで、見ておれません。何カ月も外で遊ぶことを禁じられたままずっと屋内に止まっていなくてはならないなんて、私たちは子どもをこんな目に合わせ続けていて、いいのでしょうか」
 彼女は、何とかしたいと行政に相談に行く。
 しかし、一向に埒が明かない。「どこへ行っても、みなさん逃げてばかりなのです。自分の担当じゃない。今はどうしようもない。国がはっきりしないから、こちらは動けない。子どもは、まず親の責任で守ってほしい」
 「考えられる限りの弁解を聞きました。この忙しい時に、と怒られもしました。そして、何も進みません」
 「自分たちでやれと言われても、どう子どもを守ればいいかわからないのです」と、彼女は涙をこぼす。
 「学者の説明は二つに分かれていて、安全だから大丈夫、無責任な風評にまどわされるなという方と、危ない、将来子どもに何が起きるかわからないという方です。どちらが正しいのでしょうか」
 「町内会の人も、二つに分かれています。通学路の脇の草を、放射能が付いているからみんなで刈り取ろうという人と、余計なことをしないでおこうという人です」
 彼女自身は、私たちも応援した資金を使って、ひまわりの種を植える活動を広く展開している。
 「放射能を吸い上げてくれると聞いたし、何よりも、外で仲間たちと作業をしていると、子どもたちも生き生きと元気になるのです」。そして、彼女は全国の仲間たちに呼びかける。
 「夏休みの間何日か、福島の子どもたちを、放射能の不安が全くないところで預かって、思い切り外で遊ばせてくれないでしょうか。幼い子どもたちは、親と一緒に」
 呼びかけに応じて、北海道から九州まで、仲間たちが動き出し、何十人の単位で受け入れる態勢が整いつつある。
 その過程で、さまざまな壁を体験しながら。例えば偏見の壁、「福島の子を受け入れて、私たちの方は、放射能、大丈夫なの?」。行政の壁、「被災証明が出ていない人たちへの支援は出来ません」と空いている住宅を貸してくれない。
 さて、私たちは、わからない放射能のリスクにどう対応すべきであろうか。
 お手本は、消防や爆発物処理にある。
 延焼のおそれのある火災が起きれば、消防は、消火するまでの間、延焼のおそれのある人々を避難させる。その範囲が拡大すれば、刻々、その情報を伝え、警告する。爆発物処理も、同じである。
 放射能を有する物質の飛散についても、原理は同じであろう。
 危険が発生した時は、直ちに危険(可能性)を伝える。時々刻々判明してくる事実を伝える。放射性物質の存続自体が危険の実体であるから、早急に、その実体を把握する体制をつくる。
 危険性の高い場所から、退避する。行政と関係事業者は協力して、避難方法を確保する。
 今回のような大規模な事故については、全国に避難先確保の協力をする。全国の行政は最優先事務として避難先確保に協力し、全国の市民も共助の精神で受け入れる。
 行政の即断と緊急支出、大群集の系統的避難、受け入れ先の共助。どれ一つを取っても、難しい。平素からの訓練が必要である。
 しかし、そのプランが出来上がらなければ、大混乱をおそれて必要な情報を出せないという事態は解消しない。
 今も続く避難者の受け入れは、将来への訓練も兼ねる。今はまず、市民がこぞってあたたかく受け入れる協力態勢をつくりませんか。

(電気新聞「ウェーブ」2011年7月19日掲載)

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