更新日:2010年10月20日
|
事件の筋読み |
|
大阪地検特捜部検事の証拠偽造は、とんでもない事件である。上司らの隠蔽工作や組織の背景事情を含めて徹底的に病根を剔抉しなければならない。その前提で、ここでは事件の筋読みについて考えてみたい。
証拠偽造は、厚労省の元課長村木さんの虚偽公文書作成の共犯容疑事件に関して行われた。この事件は、本年9月、大阪地裁によって無罪とされ、検察は控訴せず、確定した。検察は、村木さんが部下の元係長上村に虚偽の証明書を作るよう指示したというストーリーを描いて関係者にこれを押し付けたが、証拠に照らせばこのストーリーは認められないというのが判決の理由である。
そこで、検察のストーリーが問題とされ、見込み捜査や筋読みがけしからんという論調も現れた。
しかし、これは違う。
事件の筋を読み、見込みを立て、ありうべきストーリーを描くことは捜査を行う上で当然のことである。いけないのは、それを絶対のものとして関係者に押し付け、真実を歪めることであって、その最悪の姿が証拠偽造である。
科学の実験をする時、その実験には必ず目的があるであろう。明らかにされたさまざまな事実を分析・検討して、さらに高度な事実についての仮説を立てる。その仮説を検証する実験方法を考案し、実証作業を行う。珠玉の真実はその先にある。
捜査も、基本的に同じである。違うのは、考えうる仮説を同時に何本も立て、あわせてその真偽を検証しつつ、限られた期間内に真実を立証する証拠を集積していかなければならないことである。
立てた仮説(読み筋・見込み)が正しい時にはかろうじて起訴に間に合うが、正しく筋を読んでいないと、捜査が混乱して収拾がつかなくなることもある。
このような視点で、本件虚偽公文書作成事件の筋読みを見ると、元係長上村を逮捕する時点で三つの筋が考えられた。@元係長単独犯の筋(上村は当時からこれを主張)A元課長村木さん指示の筋、Bそれ以外の幹部から指示の筋である。
元課長の裁判結果は、@の元係長単独犯で決着したが、判決によっても、何の関係もない相手方(凛の会)のために、元係長がなぜ虚偽の証明書を作ったかの動機がはっきりしない。だから、当初から単独犯の筋を第一の見立てとするのは難しかったであろう。これに対し、証明書の発行責任者である元課長の指示というAの筋は、常識的には通りやすい、つまり、当時としては、第一順位の読み筋であったといえよう。ただ、厚生省系と労働省系の人材が混在している人事系列などの情報を入手すれば、Bも捨てられない筋と判断することができたであろう。
そのような筋読みのもと、どうすべきであったか。
AとBの筋を頭に置きながら、まず徹底的に@の筋についての調べをすべきであった。なぜなら、元係長上村は、@を主張していたから、逮捕しないで、@の主張をとことん聞き、問題のフロッピーを含む証拠物も任意で提出させればよかった。彼が虚偽公文書作成もやりかねないいい加減な人間であることが、日常の職務遂行状況からも確認できれば、@の読み筋も有力となってくる。一方、@の筋の供述が、周辺関係者の任意調べの結果や収集した客観的証拠と矛盾するとなれば、その点を追及することによりBの筋が出てきたかもしれない。
それらの手順を踏まず、Aの筋を絶対と見込んで逮捕を急いだため、無理を重ねることとなった。
今となっては真相を明らかにするすべもなく、ただ、明白に無実である村木さんに償いようのない損失を与えた事実のみが残ってしまった。事実に反する筋読みを裏付ける証拠は、作らなければ出て来ない。検察は、そのことを肝に銘じるべきである。 |
(電気新聞「ウェーブ」2010年10月8日掲載)
|
|