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提言 生き方・その他
更新日:2008年12月17日

ボーイフレンド

  近所でも評判のしっかり者だった「Fさんのおばさん」が突然入院された。「Fさんのおじさん」に先立たれて十年余りの独り暮らしで、喜寿を迎えたばかりであった。
  診断を受けると、もうガンはあちこちに転移していて治療は難しいということで、ホスピス病棟に移られた。
  見舞いに訪れると、かなりやせておられたが、俳句の紀行を懐かしんで話し、娘さんに「そういえば俳句も書き散らしたままだけど、恥ずかしいから残さずに焼いてね」と、淡々とした口調で頼んでおられた。
  その時、病室の電話が鳴り、出た娘さんが「Kさん」とだけ言っておばさんに受話器を渡した。受けたおばさんは心なしかうろたえた表情を浮かべ、頬に赤みが差したように見えた。彼女はこちらが驚くほどつっけんどんな声で「今、娘が来てますから」と言い、受話器を戻した。
  けげんな思いが残ったが、私を送って病室を出た娘さんは、「あの電話ね、Kさんという男性で、母が入院した時、母の家の電話にどうして出ないのか心配する留守電がいっぱい入ってたんですよ」と、眉をひそめて説明してくれた。
  俳句の仲間らしいが、お母さんからその名を聞いたことはないという。他の仲間の話は結構していたのに、その男性の話が全く出ていないことに強い疑念があるようであった。
  おばさんが亡くなられ、お通夜に出ると、娘さんは「病院からの請求書を見たら、KDDIの電話記録があって、母の方からKさんに毎日くらい電話してたんですよ」と、ショックを隠せない様子であった。Kさんなる男性には、お母さんの死を知らせる気にならないという。
  「だけど、いい結婚生活をされた方は、再婚も早くされるそうじゃないですか。お父さんとのいい思い出があるから、Kさんとの交流もできたと思いますよ」と言ったが、首をかしげたままであった。
(京都新聞コラム「暖流」2008年11月23日掲載)
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