更新日:2009年2月26日 |
母の力
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「この子の腕を見て下さい」とタケオ君のお母さんが言った。私はTシャツのタケオ君の腕にさわった。「太い!」、ふとももほどもある腕。盛り上がった胸の筋肉。
タケオ君、22歳。ダウン症のため、言葉はうまく表現できないが、顔を紅潮させて一所懸命何かを伝えようとする。何枚もの写真を見せてくれた。『どう、ぼく、すごいでしょ』と言っているのか、『ほんとに楽しかったよ。夢中だったんだ』と言っているのか。
写真にはセネガルの暗闇の夜の路上で、現地の人々と、太鼓をたたき、舞い踊るタケオ君の姿が、はみ出さんばかりに映し出されている。
「ピアノでもマリンバでも音が身体中から湧き出てくるように演奏するんですよ」とお母さん。「楽譜は?」「もちろん、読めません。全部即興です」
タケオ君がダウン症だと知った時、お母さんは未来を失い、遺書も書いたという。
ところが、小学6年の時、セネガルの太鼓サバールに出会って、タケオ君の個性が吹き出した。太鼓を打つ時の嬉々とした姿。サバール奏者アローナに導かれ、アフリカのミュージシャンとの交流が始まり、ライブで熱狂的なステージを踏んだ。その才能と努力でファンから拍手喝采を受け、笑顔で絶叫した。
高校に入って、コンサートを催す彼は、まさに主役である。彼が紡ぎ出す音は、彼の生命そのものであり、お母さんの表現によれば、「音の開放広場」である。
『彼の音の原点であるセネガルへ行きたい』。彼の中に芽生えた願いを、周りの人々がセネガル募金をつのって応援し、ついに夢が叶った。昨年のことである。「私は、タケオの仲間たちと、笑いの場の中で暮らしている」と、お母さんは、今、底抜けに明るい。
タケオ君の才能の芽生えと成長をおさめた長編ドキュメンタリー映画「タケオ」が、近々完成するという。公開が待ち遠しい。 |
(京都新聞コラム「暖流」2009年2月22日掲載) |
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