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提言 生き方・その他
更新日:2009年6月5日

「夕陽を織る」を読んで

 あなたは、老いをなるべく見ないようにして生きてはいないだろうか。死を考えるのを避けているのではないか。
 もしそうなら、一度この本を読んで、しっかり向き合ってみることをおすすめする。
 たしかに、いろいろなことが起きる。いろんな人に迷惑をかける。認知症になるかも知れない。半身不随になる人もいる。
 しかし、人間、最期まで、捨てたものではない。87歳の夫が、グループホームに入った84歳の妻の口にスプーンを運ぶ。「ありがとう」と妻がいう。夫もガンでいつお迎えが来るかわからない。しかし、2人の時間は、グループホームの職員の温かい目に見守られて、おだやかに過ぎていく。
 今の高齢者の多くは、子どもたちに迷惑をかけるのをいさぎよしとしない。とはいえ、老夫婦だけの支え合いも限度がある。そういう人々に、さまざまなタイプのサービスが用意されている。「このゆびとーまれ」のように先進的な富山型デイサービスなども広がりつつある。そういう環境が整備されて、たとえ重い介護が必要になっても、最期まで自宅で過ごすことが可能になってきている。
 医師の協力もあり自宅で最期を迎えた末期ガンの夫の満足そうな様子も、印象的だ。看病した妻の、「短かかったけど、何十年にも代え難い濃密な時間を持てた」というのも、そのとおりであろう。高知県に「満足死」を提唱している医師がおられるという。87歳の疋田善平さんだ。尊厳死よりももっと人間味のある満足死が、全国に広がってほしいと思う。
 本書の裏表紙に「長生きして良かった」とある。そう思える人生を送るためには、まず本人が、どんな状態になっても、自分の命を大切にすることであろう。そして、周りの人たちが、そういう思いで接することだろう。施設で洗濯物をたたみ、「わたし重宝がられとる」と誇らしげにいう車椅子の女性の言葉が忘れられない。その一方、「何もできなくても、ただ、いるだけでいい」と、命そのものの価値を説かれる鷲田清一大阪大総長の言葉も、そのとおりだと思う。生きることは、どんな生き方であっても素晴らしいのである。
 老いのありようを、さまざまな角度から探った本書の事例を読み進みながら、問題の根の深さ、そして、対応策の未成熟さをあらためて知った。にもかかわらず、先に光を感じることができたのは、人間という存在自体が、希望のある存在だからだと思う。本書は、夕陽の輝きを多様に織り出してくれたのである。
 高校生や短大生が、本書で学んでくれていることは、うれしい。本書には、老いの問題がほぼ網羅され、的確な解説も付されている。福祉や医療の政策にたずさわる人たちにも、現場の視点を豊かに提供するであろう。
(北日本新聞連載「夕陽を織る」書評:同紙2009年1月12日掲載)
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